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火曜日の幻想譚 Ⅱ

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240.報復



 少し前の話だが、近所に住む知人が犯罪に巻き込まれて亡くなった。

 どうやら凶悪な殺人犯の餌食になってしまったらしく、自宅の居間で首を切られ、しかもその首は持ち去られて行方が分からないらしい。知り合いがそのような残酷な人生の結末を迎えてしまったことに、悲しみと憤りを覚えるが、さらに恐ろしいことに、犯人がまだ見つかっていないのだ。
 とはいうものの、われわれも、日常生活を送らなければ暮らしてはいけない。探偵ごっこをしているほど暇ではないのだ。彼女の葬式を終えてからは、事件の進展を気にかけつつ、殺人鬼におびえながらの日常生活に戻っていった。

 事件から1カ月ほどたった雨の日のこと。深夜まで残業していた私は、どしゃ降りの雨の中、家へと車を走らせていた。疲労の中で川沿いの道を運転していると、ライトが照らす数メートル先の道路に、何やら小さい物体が7、8個ばらまかれたように置かれている。私は面倒に思いながらも、その物体の寸前で車を止め、ザアザア降りの中を飛び出してその物体を確認した。

 その物体はもぞもぞと道路をはっていた。放射状に左右に並んだ計8本の足。その手前のそれには鋏角━━ハサミがくっつき、それらの根本にはマッチ箱のような胴体が雨粒に打たれていた。サワガニ。恐らく、横の川からはい出て来たのだろう。
「なんだ、カニか」
正体が分かったせいか、私は確認しにきたのが急にばからしくなっていた。別にカニの数匹ぐらい、ひいてしまっても構わない、そう考え車に乗ろうとした。だがその時、自身の足元に既に車にひかれたと思われる、ぺったんこになったサワガニの死骸が横たわっているのが目に入った。
「…………」
目についたむくろを見てまじまじと考える。そうだ、カニだって生きてるんだ。それに、もう私は既にずぶぬれだ。ここで数匹のカニを追い払ったとしても、物事は大して変わらないだろう。
「おい、助けてやるぞ」
私は考えを変え、もぞもぞと動くカニをひょいとつまみ上げる。だが、そのカニを間近で見た途端、驚いた。そのカニの甲には、あたかも人を殺した直後のような、残忍な笑みが浮かび上がっていたからだ。それだけではない、そのカニの体色は黒なのに、両のハサミだけが真っ赤なのだ。あまりの気味の悪さに、取り落しそうになるが、それをこらえ、私はそのカニを川に放り入れる。
 2匹目、3匹目、4匹目……。道路をはう彼らを川に入れていくが、1匹目のような体色のカニはもういない。全てのカニを川に入れたことを確認し、私は車に戻り、再び家路についた。

 翌日。雨に当たったせいで、熱を出して寝込んでいた私は、奇妙な夢を見た。亡くなった知人の女性が部屋の中を逃げ回るが、やがて部屋の隅へと追いやられる。泣き叫び首を振っていやいやをする彼女の腹部を、カニのハサミのようなものが押さえつけ、そして彼女の首元にも同じようなハサミが近づいて……。
 夢はそこで覚めた。傍らのスポーツドリンクを飲みながら、今の夢を思い出して考える。彼女も私と同様に車通勤で、しかもあの川沿いの道を通っていた。ということは、あの時のカニの死骸は、彼女がひいてしまったという可能性はないだろうか。それが理由で、彼女はカニの恨みを買っていた。ならば、あの甲に笑みを浮かべたかにのはさみが真っ赤だった理由は……。私があの時、カニを川へ返さずに車を走らせていたら……?
 風邪なのか、そうではない何かのせいか、寒気がしたので、私は考えるのをやめて布団に潜り込んだ。

 ちなみに、先述の通り、犯人はいまだに捕まっていない。だが後日、彼女の首は、あの川の底に沈んでいたのを近所の子供が見つけたと聞いた。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅱ 作家名:六色塔