小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

シミ

INDEX|1ページ/1ページ|

 

私の壁には黒いシミがあります。触ると何故か滑っとしていて、固まっていない糊のような黒いそれは、いやシミとは呼べないと思いつつも、ともかく、それを洗い落とすという発想も何故か湧きませんでした。何故なら、小説や何かしら物語性を持っている触媒物であれば、そのシミはいずれ大きくなり、私を食らい尽くすか、シミから無形生命体が誕生し、私との交友関係を築くとであると、そう相場が決まっているからです。
一体いつからそこにシミがあるか覚えていません。ホラーの定番ですが、私は別につい先日引っ越してきたわけでも、何か怪しい本や物を拾い、それを開いたとか、そういうことがあったらいいなと思いつつも、そういうことも起こらず、生まれてこのかた市営団地に住む私の部屋の―もう二十年くらいになります―本棚を避けて出来ていたシミは、つい最近、本を選んでいた際見つけたので、胸が躍り、それにつられて体も踊ってしまいました。
本で読んだことがあります。いつからかあるものは、いつか気づき、いつからかなくなっても、忘れたことすら気づけない、その悲しさ程悲しいものはない、と。そう言えば向かいの畑にいつしか建物が経っていて、驚いたこともあったような。そう考えると、もしそのシミが何の意味のないただのシミだったとしても、いやただのシミだったとしても、いつしか私はそのシミを忘れ、消えたという事すら気づかず、悲しまずに悲しむのだろうか。そう考えるとよりシミに意識を向けてしまい、読書しようにも何しようにもそのシミを、意中の人を意識とは裏腹に目で追ってしまう思春期のようになってしまったのです。
しかし、現実問題、老朽化と言えば話が早いでしょうし、一度この部屋にはネズミが出た―そういう怖さは求めていません―ので、もしかしたら壁の裏に夥しい程の百足やネズミなどが、その壁を、ショーシャンク並みに打ち破ろうと躍起になっているのではないかと考えると、それはワクワクする恐怖というより、不安でしかないのです。それにより私は止む無くシミの上からテープをこれでもかと貼り付け、見栄えも悪いのでポスターを貼る事にしました。貼って気づいたのですが、これでは本当にショーシャンクだ、穴があく前に何とかしないとな、と思い、しかし、退屈な私はそれで暫く考えることが出来たので、壁の裏の事を妄想していました。
もしかしたら、壁の裏はナルニア国物語みたく異世界への扉になるか、レミーみたくネズミたちがせっせこ壁掘っているのか、若しくは呪怨みたくシミが人型となり私に襲い掛かるのか、ネズミは勘弁ですが、出来るなら前者か後者が起きてほしいなと天井を見ながら耽っていました。
天井、っていいですよね、ホラーではお馴染み、木造なら木目が人の顔に見えたり、真っ白い天井なら、例えば壁にあったはずのシミが天井に移っていたり、そして、部屋の天井は白なので、いつシミが天井にうつるのかワクワクすることが出来ます。そのおかげで夜しか眠れません。夜に寝てしまうということは、夜、何か不審な物音に吃驚して起きることが出来ないということです。それはつまり、もし、夜中そのシミが蠢いていたりしたとしたら、若しくはそのシミは夜中しか動くことのできないものだとしたら、とても勿体ないことになるのです。夜になると大抵寝かされてしまいますから、起きていられることが出来ないので、少し残念な気持ちになります。
そう、私は夜に起きていることがありません。星を絵でしか見たことなのです。いつもおばあちゃんに言っても、よく寝る子は育つといつも決まって寝かしつけきます。私はそれに抗おうと決死の抵抗するのですが、気が付いたら朝なんてことがよくあります。というか一度もおばあちゃんに勝ったことがありません。だから私は妄想をいつもします。なんで私は夜になると寝かしつけらるのだろう、と疑問に思ったのですが、これはかなり自信のある説ですが、私はもしかしたら狼男の末裔であると考えたのです。月を見ると狼になってしまう、それなら辻褄が合います。つまりおばあちゃんも狼男の末裔で、私はまだうまく力の制御が出来ないからここにいるのだと思いました。
「いい子にしてたかいAや、こっちにおいで」
おばあちゃんです。おばあちゃんの声が聞こえました。はあいと返事をし、おばあちゃんの元へ向かいます。
「あのねおばあちゃん。私って狼男の末裔でしょ!」
「あらまあ何を言い出すかと思えば。そうね、貴方がそう思うのならきっとそうでしょうね」
おばあちゃんはいつも否定をしません。おばあちゃんはいつも優しく、私を肯定してくれます。私はそんなおばあちゃんが好きです。
「それでねおばあちゃん、私の部屋にシミが出来たんだけど、それってなんなのかな?」
「あらあら、シミが出来たの。どれみせてごらん」
しかしおばあちゃんが目を堪えても、目を一の形にしても、見えないと言うのです。おばあちゃんだから、見えないのかな。
「ごめんね、アタシもう目が悪くて…それでAはそのシミをどうして欲しいんだい」
「ううん、なんでもないよ。おばあちゃんに報告したかっただけ」
「そうかい、いい子だね」
おばあちゃんに褒められると嬉しいです。おばあちゃんが嬉しそうにするのはもっと嬉しいです。なんでだろう?
「Aや、そろそろ時間だよ。ほれ、お眠り」
「ええ、まだ寝たくないよお」
「いい子でね」
そういいつつ、私は眠りにつきました。

翌朝目を覚ますと、昨夜呑んだ薬の脱力感が私を襲い、視界が澱みました。私は毎朝目覚める度、大事な事を思い出すのですが、その度にその大事なことが何か忘れてしますのです。私に何か起きている、そのことは確信しているのですが、いつも決まって忘れてしまうのです。それが何だったのか。
あ、シミがある。なんだろうこのシミ。
作品名:シミ 作家名:茂野柿