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はなもあらしも ~真弓編~

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第三話 試合に向けて


 笠原道場に出向いた翌日の早朝、ともえはまだほの暗い道場で一人矢を一心に放っていた。
 弦がこすれる音、矢が空気を裂きながら飛んで行く音、矢が的に的中する音。
 朝の澄んだ空気にそのどれもがよく反響し合い、ともえの心を震わせていた。
 田舎の道場ではそれなりに強かったともえだが、ここ日輪道場の面子の腕を見たともえは少し自信を消失しかけていた。誰もが自分より上手で、人を魅了する何かを持っている。
 自分に足りないものが何か、とにかく矢を射るしかないとこうして朝から一人で修行に励んでいるのだが……

 タンッ!!

 みっしりと的が見えないくらい矢が刺さった所でともえは息を吐いた。

「はあ……」

 何度射ても分からない。自分に足りないものは何か? 悪い癖でもあるのだろうか?

「随分早いんだね」

 突然声をかけられ、ともえは振り返る。

「あ、真弓さん。おはようございます!」

 笑顔の真弓を見て少しほっとする。
 真弓は柔らかな雰囲気で、ともえの緊張をいつもほぐしてくれる優しい男だ。兄弟のいないともえにとって、真弓は兄のように感じる。もし、自分に兄がいたらこんな感じなのだろうかと、まだ出会ってそう日も経っていないのに考えてしまう。

「今日は美琴ちゃんが昼から来るらしいよ」
「本当ですか?」

 そして美琴はともえにとって、真弓と同じように心安らぐ存在になりつつあった。あの可愛らしい笑顔と話し方はとても好ましい。
 自分には無いものをたくさん持っている美琴は、同じ女性であるともえから見ても素晴らしい女性だと思う。
 真弓もそう思っているのだろうか?
 ふと、心のどこかでそんな疑問が湧いて出た。

 え? 今、私……何を―――?

 一瞬浮かんだ疑問に自身で驚き、それを振り払うかのように慌てて首を横に激しく振る。

「あ、えっと、ちょっとお聞きしてもいいですか?」

 取り繕うようにともえのすぐ隣りにやってきた真弓を見上げる。

「どうしたの?」
「あの、自分の悪い所を探そうと思ってずっと練習していたんですけど、どこが悪いのかよく分からなくって……真弓さん、私の所作でどこか気になる所はありませんか?」
「特に気になる所はないけど。すごく自然だし、変な所に力も入っていないし」
「そうですか」

 少し残念だった。もしかしたらもっと上手になるヒントが得られるのではと思ったともえは、小さく肩を落とす。
 その様子を見て真弓が笑う。

「ともえちゃんはもしかして自分がヘタクソだと思っているのかい?」
「え? あ、はい。真弓さんも道真君も颯太も美弦君も、皆私より全然上手だし。代表として試合に出るからには、もっと上達しないと……」
「そっか。じゃあ一つだけいいことを教えてあげる」

 楽しそうにそう告げた真弓に、ともえは一瞬で顔を引き締める。
 やはり何か悪い所があったのだ。

「弓道は精神状態が大きく左右する武芸だ。今のともえちゃんの心の中はどうかな?」
「心の中?」

 ともえはふと遠くの的に視線を移した。矢がまるで剣山のように的に刺さっている。

「悪い所を見つけなくては。と気負ったまま矢を射ても、いつまでたっても納得のいく一本を射ることは出来ないんじゃないかな?」
「あっ……」

 ともえはそこで真弓の言わんとしていた事に気付き、すぐに弓を床に置いて正座をして頭を下げた。

「ありがとうございます! 私、もっともっと修行に励みます!」
「嫌だな、そんなに改まられると困るよ。僕も頑張るから、試合、勝とうね」
「はい!」

 それから颯太が朝食を告げに道場にやって来るまで、ともえと真弓は二人で矢を射続けたのだった。