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はなもあらしも ~真弓編~

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終結


 真弓の婿になる宣言を聞いた日の夜、ともえは詳しい経緯を幸之助から聞いた。
 どうやら東京へともえを修行にやったのは、父智正の策略で、実際弓道の修行という名目の婿探しだったのだ。
 茫然自失のともえを他所に、真弓の婚約に盛り上がる日輪道場の面々。約一名、美琴だけはほんの少し寂しそうにしていた。


 それから数週間後―――


「父上ーーーーーー!!!!」

 一里先からでも聞こえてきそうな程の大声が、那須道場の庭先で盆栽をいじっていた智正の耳に届いた。

「ともえが帰って来たっ!」

 さっと又枝切りを盆栽の脇に投げ捨て、飛ぶように自室へと駆け込むと、あらかじめ敷いてあった布団に潜り込む。
 ドタドタと怒りをあらわに近づいて来る我が娘の足音に、わざとらしく咳き込む。

「ごほごほっ」
 
 バンッ!!!

「父上っ!」
「おお、ともえ。良く帰ってきた。日輪の皆さんにご迷惑はかけなかったか?」
「おかげさまで、大変ご迷惑をおかけしてきました! もう仮病はいいですからそこに座ってください!」

 ビクリと体を萎縮させ、智正はのそりと起き上がり布団の上に正座をする。

 と、
「失礼致します」

 開け放された障子の向こうの廊下に、背が高く見目麗しい青年が現れて智正は飛び上がった。

「おおっ! 真弓君かねっ!?」

 真弓はニコリと微笑み、廊下に正座をして頭を下げた。

「お初にお目にかかります。日輪幸之助が次男、日輪真弓でございます。この度、ともえさんとの婚約を快諾頂きました事の感謝と共に、ご報告に参りました」
「なんと……ともえにはもったいないほどの好青年じゃないか。おうい母さん! すぐに酒の準備をしてくれ! 今日は目出たい日だあ!!」

 礼儀正しく挨拶を述べた真弓に、あっさりと心を許した智正がふらりと部屋を出ようとするのを捕まえて、ともえは無理やり座らせた。

「ともえにはもったいないほどの好青年じゃないかぁ。じゃありません!! どうして東京に私をやるのに嘘を吐いたりしたんですか!? おかげで恥をかいたんですよっ!?」

 まだ怒りが収まらないともえに、智正が拗ねたようにあぐらをかく。

「だってお前、東京で婿になる人を探して来なさいなんて言ったって『私は結婚などしません! そんな暇があったら弓の鍛錬に励みます!』とかなんと言っただろう?」
「当たり前です! それでも日輪の皆さんは私が結婚相手を探しに来ている事をご存知だったのに、私一人知らなかったんですよ!? 真弓さんがその……私を選んでくださったから良かったようなものの、もし、誰も私の婿になんてならないって言われたら赤っ恥かいて三原へ帰って来なければ行けなかった所です!」

 チラリと隣りに座る真弓を見て、父に説教を続ける。さすがに悪かったと思ったのか、智正も真面目な顔になると頭を下げた。

「病気だと嘘を吐いて、さらには修行という名目を作って東京へやったことは悪かった。だがな、わしはあまりに男っ気のないお前の事を心配していたんだ。もう十八。そろそろ結婚を考えてもおかしくないだろう? それなのにお前ときたら毎日毎日朝から晩まで弓道弓道……それで親友である幸之助に相談した所、息子や甥っ子がたくさんいるから、もしお互いに気が合えば結婚させるはどうだろうと言ってくれたんだ」

 幸之助の名前を出されると、途端にともえは弱くなる。本当に素晴らしい人物だし、ともえの事を案じてくれた父親のお節介はやはり頭に来るが、それでもそれは娘可愛さ故なのだ。

「はあ……」

 大きくため息を吐き、ともえはうんと一つ頷いた。

「分かりました。もう済んだ事ですから許します―――でも父上! もしまた私に嘘を吐くような事があったら、絶対に許しませんからね! そこの所、しかと肝に銘じておいてくださいよ!」
「悪かった。もう嘘は吐かん。だから真弓君とお話させてくれよ」
「父上っ!」

 反省しているのかいないのか、ふざけた調子の父親に、ともえはまた目くじらを立てる。

「まあまあ、ともえちゃん。さっきともえちゃんももう済んだ事だから許すって言ったじゃないか。僕だってお父上の立場なら娘が心配だろうから、何か考えたかも知れないんだし」

 優しくともえを落ち着かせる真弓に、ともえは意気をくじかれた。

「でも真弓さん。真弓さんなら父上よりもっと上手な方法を考えつくはずです」
「そんな事無いよ。さあ、お父上に笑顔を見せて」

 真弓に言われては反論出来ない。ともえは何度か深呼吸をすると、引きつった笑顔で智正を見た。

「父上、ただ今戻りました。こちらは日輪真弓さん。現在大学に通って勉学に弓道にと励まれてます。父上のおっしゃる通り、私にはもったいないくらいの本当に素晴らしい素敵な優しい方です」
「そんな事無いよ。ともえちゃんこそ、僕にはもったいないくらいの素晴らしい女性だよ」
「真弓さん……」

 ぽっと頬を染めた娘と、その娘を慈しむような優しい瞳で見つめる青年の姿に、智正は何度も頷いた。
 この男ならともえを任せても大丈夫。
 そう、確信した。