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狐鬼 第一章

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口惜しそうに鷲掴む彼女の髪の毛を解く
力無く、畳に突っ伏する様子を余所に彼は白狐に向き直る

「さっきの光は、何?」
「お蔭で眼が痛いんだけど、巫女の仕業なのかなあ?」

言っていて馬鹿馬鹿しい
巫女以外、誰の仕業だというのだ

だが、そう思い至る事はもっと馬鹿馬鹿しい
此の巫女の有様を見て、誰が納得するというのだ

思いの外、額の第三眼は深手らしい
軽口すら叩けず大人しく其の瞼を閉じたままだ

白狐も白狐で分からないのか
将又、答える気がないのか、押し黙ったままだ

「阿煙の気配がしないんだよ」

お互い、根競べをしている訳ではないが自分が折れる形で彼が呟く

苛立つ心で、彼女と巫女の周囲を彷徨く
そうして気が付いた、瓦礫の梁に残る微かな痕跡に

手を触れる、其の炭のようなモノが阿煙の亡骸だ
食い入るように眼を見開く彼が言葉もなく、開いた唇を震わせる

「私がやったの」

彼女の、突飛な言葉に彼も白狐も眼を真ん丸くした

「は?」

至極当然、聞き返す彼が振り返ると
如何にか斯うにか立ち上がる彼女と目が合う

「冗談だよね?」

否定は出来ない
否定は出来ないが矢張り、有り得ない

故に黒目勝ちの眼は笑っていない
其の眼を逸らす事無く、彼女の言動を凝視する

痛みに胸を抱える彼女が項垂れたまま、頭を振った
そうしてゆっくりゆっくり後退りしながら何とか上座の壁へと辿り着く

凭れる背中がずり落ちる

「すずめったら面白いね」
「人間の、お前等に何が出来るの?」

祭りの帰り道、彼との会話を思い出す

「怖くはないよ、すずめ」
「怖ければ其れよりも強くなれば良いだけの話しだよ」

「神様より強くなれるの、人が?」

「人では無理だよ、すずめ」

「じゃあ、たかは何で怖くないの?」

額に第三の眼を持つ、彼には怖いモノ等ない

呼吸するのも辛い
彼の声も聞き辛くなってきた

「何も出来ないよ、お前等は」

目を瞑る彼女が頷く

「そうだね」
「でもね、ごめんね」

「私がやったの」

「未だ言うか?!」的に唇を吊り上げた彼が彼女と正対した瞬間

「馬鹿な真似は止せ」

そぐわないと言えば、そう
ふさわしいと言えば言えなくもない、白狐の朗朗とした声が響く

鼻で笑う彼が彼女を見据えたまま聞き返す

「何が?」
「人間の一人や二人、お前には関係ないだろう?」

自分に向けられた言葉だと思った
「腹癒せの一撃」を彼女にさせない為の言葉だと思った

だが、実際は違う

「もう一度、言う」
「馬鹿な真似は止せ」

何処と無く、懇ろにお願いする白狐の様子に
漸く、其れが自分ではなく彼女に向けて放った言葉だと理解した

犬も三日飼えば情が移る、とでも言いたいのか

「死にたいんだよ」
「死なせてやればいいよ」

付き合うだけ無駄だ

高が人間の分際で
高が神狐の分際で何処迄、手古摺らせる

殆呆れ、吐き捨てる彼に彼女が頷く

「うん、私って馬鹿だね」

「知ってる」
「自分が一番、可哀相だと信じて疑わない人間」
「其れがすずめだよ」

自分では、そんなつもりは毛頭無い
だが、否定した所で火に油を注ぐ行為だ

終わりにする
終わりにするんだ

彼を見上げる彼女が小さく、微笑む

「覚悟は出来たから」

「覚悟?」

「思い残す事はないから」

「何其れ?」

何処の恋愛小説の主人公だよ

「自己憐憫も大概にしろ」

僕は唯、返して欲しいだけ
あの狐が此の手から奪い去ったモノを返して欲しいだけなんだ

余計な回り道は懲り懲りだ

そうして額の瞼を指先で叩く
彼がやんちゃそうな笑顔で彼女に応える

作品名:狐鬼 第一章 作家名:七星瓢虫