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狐鬼 第一章

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此の時の心理は何なのだろう
怖い反面、興味本位で覗いて見たくなる

止せばいいのに
振り返る彼女に顔を向ける白狐が笑う

「戯れ言でも世迷い言でも、聞いてやる」

其の血走った笑みを見て
何処の誰が「願い事」等、お願いするのだろうか

如何考えても自分の命と引き換えなのは一目瞭然

兎に角、自分は去るのみだ
取り合えず白狐が現れた方向とは逆の道を選ぶ

暮泥む日本庭園、天高く跳ねる鯉が水飛沫を散らす
彼女は鯉池を横目に、一直線の外縁を一目散に駆けて行く

だが、此の直線は危険だ
彼女の脳裏に高速回転で突進する白狐の姿が思い出される

背後を窺う余裕はないが
自分の後を追い掛けて来る、白狐の気配はしない

其れなら其れで構わない
漸く、現れた曲がり角を稍、速度を落としながら内側を攻める

自分は油断するつもりはない

そうして目の前に飛び込んだ光景は外縁一面に広がる着物の川だった

避ける事も
越える事も出来ない

案の定、生地に足を取られて彼女は引っ繰り返る

「う、ええ?!」

床板に背中を打ち付け一瞬、呼吸が止める
悶え、咳き込む彼女の鼻先を何かが掠めていく

え?

思わず目で追う
僅かに熱を感じた其れは、火の玉のようだ

真ん丸い、球体が金赤色の帯を引いて
先の森へと突っ込むも木木を倒す事もなく燃やす事もなく、消える

何を思うのか、首を捩じる彼女が横の壁を仰ぐ
腕を伸ばし、指先で聚楽壁を撫でるも矢張り穴等は無い

なら、あの火の玉は此の壁を擦り抜けたのか?
唯唯、標的だけを燃やす為だけに?

勿論、其の標的は自分なのだろう

「エコか!」等と突っ込み、激しく現実逃避したいが
耳に響く、床板が軋む音が其れを許してくれない

「外した、か」

小首を傾げ、曲がり角から顔を覗かせる
切れ長だが稍、垂れた眼を細める白狐の姿に彼女は其の歯を鳴らす

何とも言い難い
人間離れした顔立ちが一層、不気味さを引き立てる

「ああ」
「先に此の部屋の箪笥を漁ったんだよ」

当然の事ながら桐箪笥からは着物しか出て来なかった

身を屈め、其れ等をひょいと持ち上げる白狐が
着物の川に浮かぶ、仰向けで寝転がる彼女に躙り寄る

青白い指が彼女の頬に触れた瞬間
其の、血の通っていないような冷たさに頬が引き攣った

返す手の甲で頬を撫で顎を滑り、首筋と頸動脈に辿り着く

「人間は、此処を切断するのが吉だ」

逆様に覗き込む、青白い顔
翡翠色の眼ががらんどうのような、虚空に見えた
整った其の唇が薄っすらと微笑む

「暫し、瞬きするも苦痛ではないのだろう?」

仰け反る顎を掴まれる
彼女が如何にか首を横に振る様子に白狐も「尤もだ」と頷き
もう一方の掌を其の目の前に翳す

見た瞬間、声も出ず固まる

三本しかない指は親指以外
人差し指と中指、薬指と小指がくっ付いたかのように、太い

異様な程、鋭く伸びた爪の先は湾曲していて
其の用途を想像しただけで彼女は失神しそうになった

如何して?
如何して、そんな手に?

氷を持つ手は確かに普通だった筈なのに?

何が如何してそうなった?!

何故か、其の手を不憫そうに嘆く彼女を余所に
白狐は鎌のような爪をついと喉元に置く

「死にたくなければ、俺の巫女になれ」

首筋に触れた
爪の、ちくちくした感覚に堪え切れず彼女は潤む目を閉じる

「神様が、人を殺す?」

抵抗でもない
覚悟でもない

純粋に知りたかっただけだ

自分が殺される理由
自分が生かされる理由

其の震える咽喉をじっと見据え、白狐が吐き捨てる

「望んだ肩書ではない」
「俺が望むモノは何時如何なる時も巫女、唯一人だ」

作品名:狐鬼 第一章 作家名:七星瓢虫