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ウチのコ、誘拐されました。

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第五章:おばさんの知恵袋


「こーんにちはー。渡良部君いるー?」
「はい?」
鑑識所から戻り、清水や武東からの連絡を気にしながらもデスクワークに勤しんでいた渡良部は、派出所の戸が開いた音にさっと顔を上げた。
「……ああなんだ。山井さんか。」
が、その人物を見た途端、それなりに引き締めた表情がすぐに緩む。
「なんだじゃないでしょう、失礼ねえ。」
やって来たのは、渡良部の顔なじみの女性だった。
五十代後半の世話好きで、以前に一度自転車のチェーンが外れたのを直してやってから、何故か渡良部を気に入ってしまったらしく、三日に一度は用もないのにやって来る。
来て何をするかと言えば大抵は無駄な世間話で、暇な時には丁度いいが、今のように何となく立て込んでいる時には少々迷惑な客である。
「今日は何ですか?」
気の抜けた表情のまま問うと、女性はそのまま中へ入ってきて、武東の椅子に勝手に座った。
「やあね、ちょっと気になったことがあって。」
「気になった?」
「そうそう。ほら、うちのアパート。結構大きめで、色んな人が入ってるでしょ。それでなんだけどね、隣の家、家って言うか部屋?で、それなんだけど、若い男の子が住んでてね、あ、若いって言っても二十代の前半って感じ?でね、そのコがどういう子かって言うと、これがね――」
――いつもこれだ。
いつもの如く好き勝手に喋り始めたのに適当に相槌をうつ。どうせ聞いていようといまいと関係ないのだ。
「でねでね、ちょっと素行が悪いんじゃないのーとは思ってたんだけど、これがまさかね、」
頬杖をついて、話半分に聞き流す。すべてを真面目に聞いていたら、身が持たない。
「――今日のお昼くらいかしら――」
武東は今頃何をやっているだろうか、などと上の空で考えていた渡良部だったが、ふと意識に入った単語に、一気に覚醒した。
「ちょ。今。何て言った?」
「え?“熊かしら”。」
一体何の話だ。
「違う。そのちょっと前。」
「だから。お昼頃になってから、何かのすごい泣き声が、ギャーって。」
「ギャー?」
「ギャーっていうかガオーっていうか、とにかく熊とか虎とかライオンとか、そんな感じよ。」
「ふん。」
熊と虎とライオンでは随分と“違う”だろうと思ったが、渡良部はあえて表には出さずにただ頷いた。
「で、隣に住んでるっていう男ってのは」
「そう!それなんだけど!」
渡良部の言葉を待たずに、良くぞ訊いてくれました、とばかりに女性は大げさに手をひらめかせた。
――来た。
興に乗ったオバサンというのは、近所の噂話に関しては無敵のトークマシンと化す。プライバシーも、個人情報保護法もあったものではない。
「髪の毛なんか、金色に染めちゃってるのよ?顔自体は悪くないはずなのにねえ。でもね、ちょっと素行が悪いなとは思ってたのよ?あらこれさっきも言ったかしら?言ってないわねこれ。」
――言ったよ。
もう既に渡良部など眼中に無いかのように女性は喋り続ける。
渡良部は先程と変わらぬ態度に見えるように相槌を打ちながら、机の陰でこっそりとメモ帳を開いた。


□■□


思うようには白い車の情報が集まらず、意気消沈しかけた頃、ポケットの携帯が震え、武東は慌てて携帯を取り出した。
「う、わ。」
ディスプレイを確認すると、渡良部の名前が光っている。
武東は大急ぎで通話ボタンを押した。
「もしもし、武東です。」
「ああ、俺だけど。」
電話の向こうから、何故か少し疲れたような渡良部の声が聞こえた。
「……先輩、疲れてません?」
「あ?……いや。まあいいよ。そっちは何か収穫はあったのか?」
自分がいない間に一体何があったのだろうか。武東は首を傾げながら、はい、と返す。
「一応あります。」
渡良部はフウ、と一息ついてから、そうか、と言った。
「こっちでもちょこちょこ情報が入ったから。一旦帰って来い。」
「あ、脅迫状のことですか。」
そう返すと、電話の向こうでニヤ、と笑う気配がした。
「……まあな。あと、良いオマケも付いたぜ。とにかく早く帰って来い。」
「は、はいっ!じゃあ、またあとでっ!」
失礼します、と言って、武東は電話を切った。

くるりと体の向きを変え、武東は走り出す。渡良部が待つ、派出所へ。

確実に、事件は進んでいる。