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八九三の女

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[隠居]



「そーいや」

観念したように話し出す店長に
社長は取り上げた酒瓶をカウンターテーブルに置く

早速、店長は引き寄せ蓋を開けると
社長が空けたロックグラスに程程注ぎ、ストレートのまま一口、呷る

こいつは蟒蛇だ

「先代が入院する前に親父殿に会いに来たんだよ」

いつものように一人、ふらりと倶楽部に現れた先代
いつものように広場にも特別席にも目もくれず、バーカウンターへと向かう

生憎、親父殿は席を外していて
「お前さんがいるじゃないか」と、屈託なく笑った先代を自分が相手した

親父殿程ではないが、長い付き合いだ
親父殿程ではないが、親交を持っていたと自負している

「結構、気落ちしててさ」

前前から体調が優れなかったが
念の為、再検査した際に腫瘍が見つかり
手術となった過程の話を自分とバーテンダーに語った

そうして、店長は二口目でロックグラスの中身を空にする

手酌は面白くないのか
物欲しげにロックグラスの縁を人差し指で擦る店長に
仕方なく、社長がお代わりを注ぐ

軽く、頭を下げる店長が続ける

「お弁茶羅じゃねえけど話してても全然、駄目駄目でさ」
「先代、そーゆーの見抜くじゃん」

結局、互いに酒を淡淡と飲んでいた
最終的に助け舟を出してくれた、バーテンダーには今でも感謝してる

「未だ未だ、若社長に任せるには早いですよ」

自嘲気味に唇を歪める先代が
「仕舞い」とばかりに、ロックグラスの縁に手を置いて言う

「いや、儂は眼が曇った」
「随分と前から分かっていたのに誤魔化していた」

「これ以上は無理だ」

言い切る先代の横顔を間近に見つめ、店長は言葉を失う

「信じられるか?」
「先代が弱音みてえな事、吐くなんて信じられるか?」

ロックグラスを彩る、琥珀色の液体を眺める
店長が社長に問うも返事は待たずに独り言のように吐き捨てる

「俺は信じられなかった」

バーテンダーの彼もそうだったに違いない

「そんな事を仰るなんて先代らしくありませんよ」
「ねえ、若社長だって未だ未だ、ご教示が必要でしょうに」

彼らしくもない
口調を強めるバーテンダーに店長も驚いたが先代も目を丸くする

カウンターテーブルに握り拳を突いて
身を乗り出す勢いのバーテンダーの腕をぽん、と叩いて答える

「奴は母親同様、良い眼を持っている」

そうして店長に振り向き、尋ねる

「そうは思わないか?」

「だあね」
「何時間でも見てられる、飽きない」

店長の返事に先代は片眉を器用に吊り上げ、にやりと笑う

「なんだ、そりゃあ?愛の告白か?」

声を上げて笑う店長に、バーテンダーの彼も釣られて笑い出す
先代も店長のつるつるの頭を撫でながら豪快に笑った

本当は才のあった、母親に継がせたかった稼業
だが、稼業を忌む彼女には余りにも酷で

ならば息子である、孫を跡継ぎにと宣告したが
無理に継がせる気など毛頭、なかった

なんなら自分の代で稼業を畳む覚悟もあった

「奴は覚えていないかも知れないが、担保がある」

何者にも何物にも代え難い、担保

否、覚えているな
覚えていて儂を殺したい程、憎んでいる

それならそれで構わない

「何れにせよ、奴は良い金貸しになる」
「儂以上に良い、金貸しになる」

そうして先代は店長、バーテンダーの彼に頷き言い終える

「隠居するよ」

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫