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八九三の女

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[昔話]



「お隣、失礼しま~す」

一人、烏龍茶を啜る社長に愛想振り撒き登場した店長が
カウンターチェアに腰掛けるや否や回転椅子をくるくるしながら、お願いする

「ボトル、入れてもいいですか~?」

冗談半分だったが頷き返す社長に店長はガッツポーズする

接客を終え定位置に戻ってきたバーテンダーに
「一番、高い酒な!」と、注文する「坊ちゃん」の余りにも卑しい考えに
バーテンダーは整然と立ったまま半目で店長を見下ろす

明白な彼の視線を受けて慌てる店長は隣を見遣るが
頬杖をつく社長は先程の仕返しなのか平然と知らん顔をする

暫し、考え倦ねた店長は「美味い酒だ!」と、言い直す
緩やかな笑みを口元に浮かべ、バーテンダーがゆっくりと頷いた

そうしたバーテンダーとの遣り取りで
倶楽部で一番、高い酒を逃した社長は不満足ながらも
内心、胸を撫で下ろし社長へと向き直る

「親父殿、なんだって?」

「三回忌法要の話しだ」
「なんやかんやでもう、二か月切ってる」

一周忌法要の後、親父殿には言われていたんだ
準備期間に余裕がある三回忌法要は早目に取り掛かるといい、と
なのに肝心の自分からなんの音沙汰もないもんだから
嘸やヤキモキした結果の、今回の呼び出しだ

先延ばす事は出来ないと分かっていても
先延ばす事しか出来なかった

其処へ持って来て「十王信仰」だ

どれだけ必死なんだ
親父殿といい、バーテンダーの彼といい
どれだけ必死に祖父を庇い、どれだけ必死に自分を庇うんだ

それ程、祖父は真っ当だったのか
それ程、自分は真っ当なのか如何か、知りたくなる

「三回忌?もう三年も経つ?」

「二年だ、三回忌は二年目にする」

「そうなの?」

目の前の社長ではなく
バックバーと呼ばれる、バーカウンターの後ろに設置された
数数の酒瓶が並ぶ棚から店長御希望の「一番、美味い酒」を手に取る
バーテンダーに尋ねる

確かに自分に聞かれた所で詳しい事は分からない

「ですね、一周忌は一年目ですが」
「一周忌が過ぎると亡くなった日を一回目の命日と考えるので」
「二年目は三回目の命日となり、三回忌にあたりますね」

柔やかな笑顔で答える彼の説明を受けて
店長は意外そうな眼差しで社長を見遣るが正直に白状する

「親父殿に聞いた」

「そうなの?」

「そうなの」

「お名前を、どうぞ」と、バーテンダーが
酒瓶に掛けるボトルキープ札と一緒にマーカーペンを
社長に差し出すも受け取り損ねる

カウンターテーブルを転がる
マーカーペンを店長は素早く拾うと嬉嬉として
そのキャップを引っこ抜き「札、頂戴」と、社長に手を伸ばす

バーテンダーが「坊ちゃん」に小言を言い始める前に
社長はボトルキープ札を店長の手元に放り投げ、話し掛ける

「なあ、暇か?」

「ぼちぼち、な」

店長の返答に暇なのか?暇じゃないのか?分からなかったが
結局、暇なんだろうと社長は結論付けた

「話しがしたい」

「はい?」

改まって、なんなんだ?

思うも名前を書こうとする手を止めて
店長は「ウェルカム」と言わんばかりに両手を広げて見せる

頬杖をしたまま無反応で対応する社長が言う

「そう遠くない昔話だ」

「俺と、お前の?」

首を傾げ、徐にマーカーペンを齧ろうとする店長の手から
バーテンダーがさり気なく取り上げる

なにが起こったのか、理解出来ず
不思議そうにバーテンダーの顔を仰ぐ店長に
「爪でも噛んでろ」と、揶揄する社長の呟きに反応した
バーテンダーが、その頭を拳骨で小突く

返す手で「ざまぁ」と、にやける店長の左頬を蜥蜴の入れ墨ごと、捻り上げる

そうして二人、俯き
頭を押さえる社長と左頬の蜥蜴の入れ墨を摩る店長に向かって
バーテンダーの彼が冷たく言い放つ

「坊ちゃんは物を齧ろうとする癖を直しなさい」
「若社長は坊ちゃんを揶揄おうとする癖を直しなさい」

「分かりましたか?」

稍、間をおいて

「はい」

と、小さく返事をする二人に
バーテンダーは目の前のボトルキープ札をも取り上げた

「私が記入させていただきます」
「さあどうぞ、遠慮せず昔話に花を咲かせてくださいな」

言うなり、その場を去っていく

玩具を取り上げられた子どものように
手持ち無沙汰になった店長は体を向けて社長に尋ねる

「俺、齧ろうとしてた?」

無言で頷く社長は思い出していた

幼馴染の、幼少期の癖だ
直ったと思ったが稀に、無意識にやってしまう時があるのかも知れない

でもって自分は、その癖を揶揄って幼馴染を泣かせた過去がある
そして矢張り、親父殿に拳骨で頭を小突かれた記憶がある

店長も思い出したのか
頬杖をついたまま、そっぽを向く社長を見遣りながら呟く

「で、昔話するの?俺、泣いちゃうよ?」

社長は頭を振って否定する

「悪かったって」

お互い、嫌な記憶だ

当事者である自分達が今も尚、遣る瀬ないのだから
巻き添えの親父殿やバーテンダーにとっても堪らないだろう

そうして、バーテンダーの彼に捻り上げられ
若干、赤みを帯びた左頬の蜥蜴の入れ墨を摩りながら店長が項垂れる

「じゃなくても俺、泣きそうだよ」
「マジで機嫌取んの、すんげー大変なんだよ」

バーテンダーが怒ったのも自分のせいなのか?
不本意ながら一応、謝っておく

「だから悪かったって」

隠す気もない、投げ遣りな調子の
社長の言い方が気に食わなかったのか、珍しく店長が言い返す

「俺さあ、思うんだけどさあ」
「お前の言う、悪かったって謝罪じゃないよなあ?」

自棄糞気味に薄笑いを浮かべ挑発する店長に

普段ならば相手にしない社長だが親父殿の呼び出しの後だ
騙し打ちを食らって腹が立たないと言ったら噓になる

虫の居所が悪いのは俺の方だ、とでも言うように

「あ?」

と、一声、唇を歪め歯を剥く
当然、気圧されるも店長は負けじと身を乗り出し言い切る

「謝罪ってさあ、ごめんなさい、じゃねえの?普通」

社長も頬杖を解き、前のめる体を店長に向ける
そうして向かい合う二人、額と額が当たりそうな距離だ
否、当たっている

「普通?」
「お前、此処で普通とか言うのか?」

「いやいや、表とか裏とか関係ねえから」

右、左にごりごりと額を擦り吐き捨てた後、店長は嫌味ったらしく畏まる

「謝罪は一律、ごめんなさい、でお願いします。」

「あ゛?!」

と、社長が唸る勢いで言葉を発した瞬間
カウンターテーブルに、かち割る勢いで酒瓶が叩き付けられた

途端、額と額を引き剥がす社長と店長

「ごめんなさい」

「いえいえ、こちらこそ」

機械的に謝罪する社長と
機械的に受け入れる店長を横目にバーテンダーは無言で踵を返す

そうして、バーテンダーの彼が記入したであろう
酒瓶に掛かったボトルキープ札には、こう書かれていた

「蜥蜴と野良犬」

幼馴染の蜥蜴は理解出来るが野良犬って、酷くないか?

矢張り隣で
酒瓶に掛かるボトルキープ札を、まじまじと見つめる蜥蜴に
目線を向けるも必死に避けているのか、全く合わない

仕方なく野良犬は
ロックグラスに我が物顔で居座る、味気ない烏龍茶を一気に飲み干した

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫