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入眠逢瀬

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序.通夜



 しんしんと静けさがしみわたる晩春、その深夜のできごとだった。

 郊外にひっそりと建てられている、古びたアパートの一室。殺風景でなにもないその室内に、簡素な木製の棺が1基、物々しく安置されている。その棺の上には、死者のものと思われる遺影が掲げられており、しめやかに黒いリボンがかけられていた。その遺影の中には、得も言われぬ悲哀と、拭いきれない寂しさとを滲ませた老人の顔写真がはめ込まれている。
 遺影というものは、大抵歯を見せぬ程度には笑っていたりするものだ。だが、その老人は端整な顔つきはしているものの、上記のように喜怒哀楽の哀の感情を露わにしており、深く刻み込まれたシワの一本一本にもそれらの思いが偲ばれるようだった。
 棺から少し離れたところに、でっぷり太った男性と少年のような若い男性の二人が座している。棺と二人の間には小さな線香立てが置かれ、その中央には直立する線香が赤々と燃え盛っているのが見える。二人の周囲には空になって横倒しになった酒瓶と、ほとんど中身のない寿司桶が置かれていた。
 それらに囲まれた若い男は真剣な表情で正座をし、線香の火を穴の開くほどジッと見つめている。一方太った男は、あぐらの姿勢で時折小さくいびきをかきながら、こっくりこっくりと船を漕いでいた。
「……兄さん、兄さん、寝てはいけません。起きてくださいっ!」
若い男は太った男が眠りこけていることに気づくと、頬をペチンペチンと叩いてこちらの世界に無理矢理引き戻した。そうして太った男の目を無理矢理覚ますと、真面目な口調で言い聞かせる。
「想太兄さん。通夜の席で眠ってはいけません」
想太と呼ばれた男は、左手で眠い目をこすりながら、もう一方の手で叩かれた頬を押さえる。目は覚めたものの、まだ眠気は振り払えていないようだ。
「でもよぉ、春太……」
弟に向かって、兄の想太はおずおずと口を利く。しかし眠さでまだシャキッとしていないのか、うまく言葉に出来ないようだ。
「……酒はうまいし、つまみに寿司もあるし、それに亡骸と一晩寝ないで過ごすなんてちっとも面白くないじゃないか」
しばらく経ってようやく聞こえてきた兄のその言い訳に、春太は呆れて言い返す。
「いいですか、兄さん。お通夜というのは故人に悪いものが憑いたりしないよう、線香の火を絶やさずに寝ずの番をする、そういうものなんですよ。それとも兄さんは、両親に死なれて路頭に迷うところだった僕らを助けてくれた大叔父さんが、ひどい目に遭ってもいいっていうんですか?」
「いや、そうは思わないけどさ……」
想太は否定しつつも、なにか言いたげにしている。
「……まあ、確かに亡くなる直前はいろいろとアレでしたし、おかげで僕らはこの安アパートに逆戻りしてしまいましたけれども……」
春太も兄の言いたいことはよく分かっているようで、小声で言葉を継いだ。
「……」
先に言いたいことを言われて返す言葉を失った想太は、残っている寿司をつまむ。もう既にかなりの時間が経っていて、すっかりかぴかぴになってしまっているかっぱ巻きだ。
「食べると、また眠気がやってきますよ」
弟の注意が聞こえたので、想太は口の手前まで持っていった手を止め、名残惜しそうにかっぱ巻きを寿司桶に戻した。

 それからしばらくの間、部屋の中は沈黙が流れていた。

 想太は再び眠気に襲われてしまったらしく、目をシパシパさせて睡魔と格闘している。しかしこのままでは、また居眠りをしてしまうのは時間の問題だ。しかしそんな朦朧とした意識の中で、眠りたい衝動に抗う中で、想太はある作戦を考えついていた。
「なあ、春太」
想太は一度トイレに立ち、シャンとしてから弟に話しかけた。
「何か用ですか」
春太は相変わらず線香を見つめて微動だにしない。しかし、それでも兄の問いかけにはちゃんと答える。
「なんかさ、面白い話をしてくれないか」
「なんですか、唐突に」
「面白い話を聞いていれば、眠らずにすむと思うからさ」
「……」
兄の返答に春太もまんざらではないと思ったのか、線香を凝視したまま少し考え込む。
「そういうことなら、分かりました。お話をしましょう」
しばらくして考えがまとまったのか、春太は兄にそう返答した。
「おっ、話がわかるねぇ」
春太がその気になってくれたので、想太はおどけてバンザイをする。
「ちょうど、兄さんにも知っておいてほしい話があるんです。しかもこの話は、故人である大叔父さんが実際に体験した話なんです。その上、大事な時に眠りこけてしまう兄さんに丁度おあつらえ向きの話でもあります。いいですか、今度は眠らないようによく聞いていてくださいね」

 そのように前置きして春太は、故人が体験した奇妙な話をし始めたのだった。


作品名:入眠逢瀬 作家名:六色塔