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短編集76(過去作品)

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カウンセリング



                 カウンセリング


 竹田純一は病院へ赴くなど、実に久しぶりであった。風邪すらほとんど引いたこともなく、頭痛がする時でも市販の頭痛薬があれば足り、いつも用意している市販の薬で何かあってもまかなっていた。
 仕事も順調、ストレスから身体を崩すこともない。たまに胃薬が必要になることもあるが、それでも一回飲めばすぐに治る。自分の身体は医者いらずだと、竹田はそう思って疑わなかった。
 まわりも同じだっただろう。悪性のインフルエンザが流行っても移るようなことはなかった。もちろん事前に予防接種は受けてのことなのでそれも当然なのかも知れないが。次から次へと発病していく中、一人だけ元気な彼の存在は頼もしいものである。肉体的にもガチッとしていて、さすが大学時代のラガーマン、自他共に認めるスポーツマンだけのことはある。
 肉体的に恵まれた竹田の自慢は肉体だけではなかった。仕事も無難にこなし、まわりからの信頼も厚かった。何一つ不安や不満もなく、まわりからは順風満帆な人生を歩んでいるように見えることだろう。
 そんな彼が訪れた病院、それは神経科だった。
 今まで神経科や精神科はおろか、内科、外科すらなかった竹田にとって、病院へ向うということに他の人が考えるよりもはるか勇気がいったことだろう。何しろ神経科である。まわりの誰にも悟られないように会社では平静を装い、何事もなかったかのように生活しなければならなかった。
 しかし一人になれば言い知れぬ不安が竹田を襲う。言葉にならないような不安がものすごいスピードで膨らんでくるのだ。だが不安が飽和状態に来ると、それ以上大きくならないようである。
――また考えが同じところに戻ってくる――
 要するに袋小路に入ってしまうのだ。
 それがさらなる恐ろしさとなって竹田を襲う。同じところに戻ってくることの理屈が理解できるまでは、完全に自分が狂ってしまったのではないかと感じた。神経科へいく決心がついたのはその時だった。
 今まで順風満帆で来ただけに一旦自信暗鬼に陥ったり、自己嫌悪に陥ったりすると、その先は果てしない。
――一体どうしてしまったのだろう――
 自問自答を繰り返すが、答えが出てくるはずもなかった。袋小路に入り込み、その中でもがいているのだから……。
 本屋に行って精神病関係の本を買ってきて読んだりもしてみた。しかしあまりにも難しい本であることと、自分がその時果てしない不安に襲われて精神は正常ではないことから、書いてある内容を間違って把握してしまいそうに思うことから、すぐに読むのをやめてしまった。そのあたりは冷静で、精神的に中途半端な気がしていた。
――本に書いてあることは一般的なことなんだ――
 頭の中に入れておく分にはいいかも知れないが、信じてしまうにはあまりにも難しすぎる内容である。やはり病院にいくべきなのだ。
 偶然にも神経科のカウンセリングを受けたことがあるという人の話を友人がしていたことがあった、病院の名前は記憶していたし、場所も大体分かっている。こういうことは、実のしっかりしたところでないと信じられない。さらに、通院していた人があまりにも自分に近い人であればすぐに自分が病院の扉を叩いたことがまわりに知れてしまう。それだけは避けたかった。そういう意味で、偶然とはいえ、竹田は幸運だった。
 仕事が営業で外回りをする時間に病院に寄ることにした。
 幸い、営業コースの近くに病院があり、しかも訪問先にそれほど近くないことは、よくよく運がいいのだろう。電話で予約していくことにした。
 電話口に出たのは、少し高めの声の女性であった。当然裏声であろうから、年齢を想像するのは困難に思えたが、竹田の感覚ではまだ二十代前半くらいに感じられた。
 病状の説明にかなり困惑していたにもかかわらず、さすがに相手もなれたもので、相手の質問に答えていくだけだった。きっと質問マニュアルのようなものがあるのだろう。どんな質問をされてどんな答えを返したかなど覚えていない。
 しかし、かなりな質問の量だったように思えるが、それでも感覚的にあっという間だったのは、それだけ質問が的確だったからに違いない。これほど的を得た質問が時間を長く感じさせないことに初めて気付いた。
 考えてみれば竹田も営業としてかなり商談をこなしてきている。相手に安心感を与えるような商談のコツのようなものを感じたのだが、だが如何せん病院の受付である。少し事務的に感じられるのも致し方ないことだろう。
「まあ、しょうがないか」
 電話を切っていろいろ考えた後の結論だ。どちらにしても予約を取った明後日、その時までなるべく不安を増幅させないように心掛けるだけだった。
 病院というとあのアルコールのような薬品の独特な匂いが苦手だった。一度小学生の頃、指をカッターで切って、何針か縫ったことがあった。あの時に感じた吐き気を催すような匂いが充満していて、金属製の白い入れ物に入れる真っ赤に染まった縫合針を見た時、
――病院なんて二度と来たくない――
 と思ったものだ。幸いにもそれから病院に来ることもなく、あるとすれば友人の見舞いくらいだっただろうか。その時ですら、どこも痛くないのに節々に痛みを感じたのは気のせいではない。
 タイルに沁み込んだ匂いに、簡易ベッドを利用した簡単な手術台、今思い出しただけでもおぞましい記憶である。
 しかし最近の病院は綺麗になったものだ。タイルは貼られた診察室の雰囲気はすでになく、明るい雰囲気で安心感を与えてくれるようだ。匂いにしてもそれほどきつくなく、入院病棟も以前とはかなり違う。
 実際に神経科の受付も病院という雰囲気ではない。待合室にもクラシック音楽が流れていて、リラックスする雰囲気を与えてくれた。
 完全予約制で、しかも守秘義務を重んじる病院なので、待合室には一人女性がいるだけだった。待合室自体それほど広いものではなく、数人が座れるようになっているだけだ。最初から完全予約制のところはそんなものなのかも知れない。
 一人座っている女性は年齢的にまだ若いのではないだろうか。黄色いブラウスに薄いピンクのスカートと明るい色ではあるが、派手な雰囲気ではない。化粧もそれほど濃いわけではなく、どちらかというとソバカスがあり幼さが残っているような顔立ちで、身体も小さいことから大人しめの雰囲気を醸し出している。
 目が悪いのか、かなりな猫背で、本に覆いかぶさるようにして読んでいる。竹田の存在に気付いているのかいないのか、本に向けられた顔を上げようとしない。
 女性を気にしながら彼女から少しだけ離れて座った。どうしても気になって悪いとは思うのだが横目でチラチラと見てしまった。
――何となく懐かしさのようなものを感じる――
 どちらかというと大人しめの女性が好きな竹田にとって、横顔だけしか見えないが気になるタイプの女性のようだ。
 女性の顔を見ていると、ここに来た理由が思い出されて仕方がない。別に直接関係があるわけでもないのになぜだろう。
 ここに来ようと思い切った理由。それは最近よく見る夢にあった。
作品名:短編集76(過去作品) 作家名:森本晃次