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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』前編(上)

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2、バリツの思い出




「ようバリツ――ありゃ写真か?」

 西側の壁がぶち抜かれた執務室にて、斉藤はバリツに呼びかける。

 指さした先は、アシュラフが物色したタンスの上。
 中身を漁った後の小物が、そのまま出しっぱなしになってる。
そんな中、横倒しにされた写真立てがひときわ目を引いたのだ。 

「あれは――」

 席を立ったバリツは、タンスへと歩み寄る。
 写真を手に取ると、斉藤と、(沈黙しつつも興味深げな様子の)バニラも彼の肩越しにその写真を覗き込んできた。

バリツは微笑んだ。
そこには、ボーイスカウト風の少年と、いかにも探検家らしい服装の大柄な男性が映し出されていた。背景には、紺碧の空の元、オーストラリアの名所であるエアーズロックがそびえている。

「懐かしいな――」

「なあバリツ」バリツからみて左側の斉藤が興味深げに訪ねる。「これもしかして、小さい頃のお前か?」

「うむ、その通りだ。アシュラフ君が漁った戸棚の中にしまい込んでしまっていたみたいだが――これは思わぬ発見だ」

 答えながら想起する。
この写真を撮ったのは、もう20年以上も前だろうか?

ボーイスカウト風の少年――まだ十代前半だった頃の自分は、両の手で帽子のつばをつまむようなポーズを取り、はにかみながらも、ふにゃふにゃした笑顔を浮かべていた。黄色と深緑のネッカーチーフも懐かしかった。

斉藤が訪ねてきた。

「隣のでっかい人は誰だ?」
「その人は、私の師匠――ラムおじさんだ」

「……ジャムおじさん?」
「おいしいパンを焼きそうな人と名前間違えてるぞ、斉藤君」
「あ、ごめん。なんか語感似てたからよ」
「分からんでもないけどネ……」
「で、その人は何者なんだ?」

「ラム・ホルト。界隈では知る人ぞ知る人だね」右側のバニラが言う。「大富豪にして、冒険家。考古学と地質学に精通したトレジャーハンター。おまけに元ヘビー級ボクサーだ」

「よくわからんがすげえスペックだな!」
「もっとも、彼は今は引退していると聞いているけどねえ」
「その通りだよ、バニラ君。私自身何年も連絡を取り合ってないし、今となっては連絡先もわからない。元気にしているのは確かだろうけどね――」
「お前の師匠だってのにか?」
「まあ、ちょっと唐突なお別れでね――とはいえ決して悪い思い出ではないよ」

ほほう?と答える斉藤に頷き返しながら、バリツは改めて写真の大男――自身の恩師を見つめる。 
右目に片眼鏡。獅子を思わせる、堂々と蓄えた橙の顎髭ともみあげ。写真の中の師匠は、その変わらぬ像の中、笑顔とサムズアップを大きくなったバリツに返していた。

「そういや」斉藤は腕を組む。
「考えてみりゃ、俺バリツのことよく知らねえんだよな。冒険家教授っつー肩書きがあるのは聞いてるが」
「私のこと――かね?」
「例えばお前の生い立ちとかさ」ニッと微笑む斉藤。
「せっかくだし、ちらっと聞いても構わねえか?」

 バニラも無言だったが、小さく頷いたのがわかった。

「なるほど。バニラ君にとっては、インタビューで答えた内容と被るところはあるかもしれないが……」
「いいよ、バリツ」表情は変わらないが、その声はいつもより柔らかく思えた。「あの時は仕事だったから、こうして改めて聞けば新しい発見があるかもしれないし」

「うむ、では――お言葉に甘えよう」

 バリツは焦げ茶色の額縁の写真立てを、雑多とした棚の隅にそっと置き、二人の客人に問いかける。

「私がオーストラリア生まれの日本育ちであることは、話したかな?」

「おう、どっかで話してたな。理由までは聞いてないけどよ」

 斉藤が肯定し、かつてバリツを取材したことのあるバニラも頷いた。
 バリツは続ける。

「私の両親は、どちらも日系人。元々日本に縁があったんだ。でも二人そろって、世界を飛び回る仕事をしていたから、物心つく前の私をしばしば日本の保育所に預けていたそうだ」
「世界を飛び回ると来たか。バリツの両親ってのは、何者なんだ?」

「リー・バートンライト氏と、カエデ・バートンライト氏、だね」

バニラが口を切り、解説する。
かつてバリツの取材を担当した経歴を持つバニラには前知識があったのだ。

「親父さんはオーストラリア国防軍出身のレンジャー。母さんのカエデ・バートンライトも、トレジャーハンター……だったかな?」

「その通りだ、バニラ君。二人が出会い、母が私を産んだのはオーストラリアだったが、特に母は日本に強い愛着を持っていたらしい。この邸宅も元々は両親の別荘だからね」

「お師匠さんもそうだが、バリツの親御さんもなにやらすげえな」斉藤はそこで、顎に手を当てて首をかしげる。
「でもよう、まだ小さいバリツをわざわざ日本に置いて出かけたのか?」

「危険を伴うことが多かったらしいからね。じっさい――私の両親は、北海にて消息を絶っているんだ。自家用の飛行機で移動中のことだったらしい」
「おいおい、マジかよ」
「ああ――」
 触れちゃまずいことに触れてしまったのでは? という斉藤の懸念を察して、バリツはすぐにフォローする。
「気にしないでくれたまえ、斉藤君。もうずっと昔の話だよ」

「そうか……しかしそれでも、言葉もないぜ。俺も、産まれて間もなく孤児院の前に捨てられてたけどよ」
「え、斉藤君? 今、さらっととんでもないこと言わなかったかね……?」
「まあまあ」
 斉藤は片手を挙げて、バリツの話の続きを促す。賢しらに自身の不幸話を割り込ませる気はない、といった様子だ。
「いずれ詳しく話すとも。今は話の中心はバリツだぜ」

「以前のインタビューに基づくなら――」バニラが口を切る。
「ラム・ホルト教授は、バリツの師匠だけど、ご両親を失ったバリツの後見人も兼ねてたんだよね?」

「うむ。ただ補足するならば――私の父と母が他界したのはまだ私が3歳のころだったが、私とラムおじさんが会うまでの間には、1年ほどのブランクがあった。だがその間、保育所から児童養護施設に移された私には、両親の訃報は秘匿されていたんだ」
「ご両親の意志だったのかな?」
「いや、施設の独断だったらしい。ただ、4才の時、両親の死について偶然知る機会があって――死とは何かピンとこなかったが、少なくとも父と母が二度と戻ることがないことを知ったんだ。あの感覚は……今もなんとなく覚えているよ」

 一呼吸置く。思えばプライベートの場にて、昔話をこうして誰かに語るのは、本当に久しかった。講演会においては、時折自身の過去を引き合いに出すこともあったけれど。 

 両手の指を絡ませながら、バリツは続ける。

「……親がいない寂しさから、かなりの問題児だったことも、うっすらとだが思い出されるよ。いたずらにケンカも日常茶飯事だったはずだ」
「バリツが? 全然そう見えないけどな」

 驚く斉藤に、バニラも小さく頷いたのをみて、自嘲気味に微笑む。
「無理もないかもしれないね。――ともあれ話を戻そう。私の両親の死から約一年後、父の親友だったラムおじさんが遺言を受けて、私を迎えに来たんだ。本来オーストラリアを活動拠点としていたが、日本に長く滞在できるよう調節の後、私の元を訪れてくれたんだ」