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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Ivy

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一九九九年 九月
    
「無線」
 深川の短い言葉に、溝口はイヤーピースの位置を調整しながら、通話スイッチを押して答えた。
「チェック」
 その声がイヤーピース越しに届き、深川は小さくうなずいた。夜十時。ギャランの冷房は、容赦なく車内を冷やしている。溝口は肩をすくめながら言った。
「罠ですよね?」
「そらな」
 深川は短く答えた。ザンバラが辿り着いて、岩村と顔を合わせた場所。二日後に訪れると、バーの屋号は下げられて空室になっていたが、その部屋から一階に停まっているチェイサーに荷物を積み込んでいる男がいて、深川は、その身のこなしからバーテンダーと推測した。溝口は反対側の出口を張っていたが、そちらには動きがなく、チェイサーが動き出すのに合わせて、深川は単独でその後を追った。最初に黄色信号で急加速した一回以外は、チェイサーは極めて安全運転だった。尾行されているということは、すでに気づいているだろう。深川が予測した通り、置いてけぼりにされた溝口から抗議の電話が一回入った以外は、邪魔が入ることもなかった。二回不要な右折と左折を繰り返したチェイサーは、大きな港から地続きになっている、古いコンテナヤードに入って行った。不自然に空いたスペースには、白のレガシィセダンが積まれたダイナの積載車が一台。足回りが改造されているのか、少し背が高く、大径のタイヤを履いているのが遠目でも分かった。その近くにチェイサーを停めた男は、コンテナの影に半分隠れた事務所へ入って行ったが、一時間もしない内にまたチェイサーで出て行った。深川は、近くの日陰で煙草を吸っている作業服姿の男が、積載車のドライバーだと気づき、道路を早足で渡ると、積荷のレガシィについて尋ねた。作業服の男は、こんな依頼は初めてだという風に、苦笑いを浮かべた。
『あのトラックも、商品ですわ。やからわし、帰りは電車ですねん』
 それから溝口と張り込みを続けて、二日前にようやく動きがあった。軽自動車でやってきた男が積載車をジャッキアップして、短いコの字型の鋼材をフレームに溶接すると、今度はレガシィのボンネットを開けて、ヒューズボックスと格闘し始めた。その手際の良さを見ながら、随分と忙しい男だと深川が思っていると、男は電話を耳に当てながらコンテナヤードから出て行き、タイミングよく横断歩道を渡り切った溝口が尾行した。その男の会話から、岩村と村岡が車を取りに来る日が『今晩』だということが分かった。
 深川は、『こんばんは』と挨拶して乗り込むのもひとつだと、溝口に言って、自分だけ笑った。溝口は、唇の端を噛んだまま凍り付いた表情で、小さくうなずいただけだった。現場に顔を出すのは、あくまでザンバラだ。そして、必要とあれば、弾を体に受けるのも。相手は間違いなく、コンテナヤードで待ち構えている。身を隠す場所は無数にある上に、見られずに入るには、海でも泳いでこない限り、不可能だろう。ザンバラがどんな作戦を取るにせよ、正面から入る以外に、方法はない。溝口は、深川と同じタイミングでそのことに気づいていた。
 細い指で、イヤーピースを耳に突き刺すようにはめこんだ溝口は、再度確認するように言った。
「正面から入れば、確実に死にます」
「そらな」
 深川は笑った。多少荒っぽいことになっても、殺人の現行犯で捕まえるべきだ。麻薬取引に、未成年の殺し。どんな町にも犯罪はある。問題は、普段は平和なふりをしているということだ。夜に町を歩くのは安全で、突然殺されることはないし、隣人が麻薬中毒などと疑いもしない。『人が殺されるまでは、人が殺されることは絶対にない』という考えを、人々は受け入れている。時々大きな花火を上げることで、そんな人々が危機感を持つなら、喜んで火付け役をやらせてもらう。
 碁盤目に巡らされた港湾道路の、雑草で網目が隙間なく詰まったフェンスの裏。コンテナヤードの入口はやや見えづらいが。ここ数時間で車は一台も通らなかった。溝口は覚悟を決めたようにうなずくと、トランクを開けた。深川と溝口は、トランクからソフトアーマーを取り出して、首を通した。カマーバンドを留めて、溝口は銃身を短く詰めたモスバーグ五〇〇を手に取った。弾倉に収まる五発の十二番は鹿撃ち用のダブルオーで、本体に取り付けられたキャリアに予備の六発が整列している。深川はパラオーディナンス製の四五口径をベルトに挟むと、七連の弾倉を二本、ポケットに押し込んだ。銃を連れて車の中に戻った後は、空気がさらに冷え切ったように感じて、溝口はエアコンの温度を一度上げた。
 港湾道路を駆けるトラックの数が減っていき、夜十時になったところで、クラウンが一度通り過ぎていくのが見えて、溝口は体を少し起こした。
「うちらの車ですよ、今の」
 深川はシートベルトに手を引っ掻けた。岩村と村岡の出入りは、バーテンダーの男がここに辿り着いてから、今日までなかった。あの二人はずっと中にいるのだろうか。それか、赤谷に引導を渡すために離れた時に、滑り込んだのか。どちらにせよ、銃声が鳴れば分かることだ。遠くでUターンしたらしいクラウンが戻って来て、コンテナヤードに用があるかのように指示器を出しながら、駐車場へ入って行った。銃声も一回なら、タイヤのパンクと間違われる。相手が撃つ気なら、ザンバラを一発で仕留めるだろう。深川は溝口に言った。
「準備いいか?」
 溝口はうなずいた。後部座席に置いた散弾銃の位置を確認するように、一度振り返った。クラウンなど来なかったように再び静まり返ったコンテナヤードに視線を向けたまま、溝口は言った。
「静かですね。銃を使わない可能性も……」
「散弾銃を持って入ってきた相手に、バットは使わんやろ」
 深川はそう言って、車載時計を見た。すでに五分が過ぎている。事務所の裏側に辿り着くために、コンテナを迂回しているのだろうか。さらに十数分が経過したが、動きはなかった。深川が場所を変えることを考え始めた時、濁った波の音に混じって、ディーゼルエンジンが始動するときの、荒っぽい音が響いた。積載車のトラックが、車体を揺らせながら左に出て行き、続いて出てきたレガシィが右へ出ると、ばらついた水平対向のエンジン音を鳴らしながら、猛スピードで駆け抜けていった。溝口がシフトレバーを一速へ入れようとするのを、深川は止めた。
「待て。どっちも追うな」
 深川は額の汗を拭った。二方向に割れて、追われないようにコンテナヤードから抜けていった二台の車。嫌な予感がした。深川はボディアーマーを脱いで後部座席に放り投げ、イヤーピースを耳から外した。溝口が慌てて同じようにすると、手が当たってずれたバックミラーの位置を修正しながら、深川は言った。
「中に入れ。誰もおらんぞ」
作品名:Ivy 作家名:オオサカタロウ