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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Ivy

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一九九九年 九月 
    
 深川と溝口が連れていく先は、なんとなく予測がついた。ザンバラは、恒例になった後部座席で、隣でマイルドセブンを吹かす深川の顔色を窺いながら、運転手の溝口がいつになく慌ただしいハンドル捌きで山道を走らせていることに気づいた。
「急いでるんすか」
 ザンバラが言うと、深川がその肩を小突いた。
「また、肘食らわすぞ」
 小石が散らばる山道を上がり、左前のタイヤの空気が抜け始めているカプリスと、新しく停められたシルバーのギャランの間にクラウンを停めた溝口は、言った。
「ザンバラさん。お疲れ様でした」
 後部座席から降りた深川が反対側に回ってドアを開け、ザンバラの首を掴むと、引きずり下ろした。トランクが開けられ、中から銀色に光る散弾銃を取り出した溝口は、言った。
「白樺圭人と、話しましたか?」
「知り合う前に、箒で追い払われましてね。あのゲーセンは出禁ですわ」
 ザンバラは、頬にできた痣を見せるように、顔にかかった髪を払った。溝口は、自分の手に散弾銃を握っていながら、操作を迷っているように、深川の顔をちらりと見た。深川は言った。
「箒でしばかれるんと、散弾銃で撃たれるんやったら、どっちがええ?」
「どっちもどっちですね」
 ザンバラの言葉がきっかけになったように、溝口は散弾銃の先台を引くと、元に位置に戻した。甲高い金属音が鳴って散弾が薬室に装填され、深川は溝口を目で指しながら言った。
「脅しやとは思うな。弾が薬室に入ったってことは、死ぬまでの階段を一個下りただけやぞ」
「顔が綺麗やった」
 ザンバラは地面に手をついて体を起こしながら、言った。
「あの写真ですよ。俺は事件が起きた朝に、ホトケを見てる。顔はズタズタやし、手は指紋剥がされとるわで、散々でした。あれは、あの白樺って中学生がやったんじゃないでしょう?」
 深川と溝口は、視線を交わした。沈黙に耐え切れなくなったように、溝口が言った。
「悲鳴が聞こえて、駆けつけましたから。無関係ではないと思いますね」
 散弾銃の先台を引いて薬室から弾を取り出し、弾倉から送り出された一発と合わせて二発を手の上で転がしながら、溝口は続けた。
「でも、言うことを聞いてくれんのは、困るんですよね。思った通りに進まなくなるから」
 溝口は倉庫のドアを開き、深川とザンバラを招き入れた。深川は、ぐったりと頭を垂れている赤谷に言った。
「ザンバラが帰ってきたぞ。積もる話はあるか?」
 ザンバラは、俯いたままになった赤谷の表情を窺って、目を逸らせた。かろうじて生きている状態。その目が少しだけ光を取り戻し、顔を近づけたザンバラに、赤谷は小声で言った。
「在庫だけ……、よそに持って行け」
 深川と溝口は聞き耳を立てるわけでもなく、溝口が二発を散弾銃に再装填する音だけが響いた。ザンバラは二人の様子を一度だけ振り返ると、赤谷に言った。
「今更、何を言うてるんです」
 赤谷は、うわごとのように住所を呟いた。『麻薬取引の美味しい仕事』には、もう戻れない。ザンバラはそう言おうとしたが、飲み込んでうなずいた。
「分かりました。今日、動かしてきます」
「ぼちぼち、ええか?」
 深川が言った。返事を待たずに、赤谷の後ろに回ると血まみれの手から縄を解き、立ち上がらせた。支えて歩かせながら外に出て、クラウンのトランクを開けると、残念そうに言った。
「狭くてすまんが、もうちょっとの辛抱や」
 ザンバラは、自分から渋々トランクの中に収まろうとする赤谷を見ていたが、その下にビニールシートが敷かれていることに気づいた。どかせる時間がなかったのか、元々置いてあったものが形になって浮き出ている。即席で敷かれたものでありながら、四隅は隙間なくトランク全体を覆うように留められていた。赤谷は肘を鉄の塊のようなものにぶつけて、顔をしかめた。シートの下で自己主張を続けるでこぼこは、赤谷のために場所を譲るような様子は、全くなかった。
「痛いな。下に何置いてんねん」
 ザンバラのすぐ後ろで、溝口が散弾銃の先台を引いた。甲高い音が鳴るのと同時に、顔を上げた赤谷が言った。
「おい」
 溝口は、赤谷に銃口を向けて、散弾銃の引き金を引いた。顔を庇った右手が粉々に吹き飛び、二発目が顔の下半分を吹き飛ばした。溝口が三発目を装填するより前に、赤谷はそれ以上文句を言うことなくトランクに倒れ込んだ。散弾銃から残りの四発を抜いて右手に転がした溝口は、上着のポケットにしまいこんだ。仕切り直すように咳ばらいをすると、深川が言った。
「例のバーから、辿れた場所がある。今晩、人が集まる。お前はそこに行け」
 ザンバラが立ち尽くしていると、溝口が空になった散弾銃を投げつけるように手渡し、クラウンの助手席に弾を十発転がした。深川は鍵を握らせて、言った。
「この車と銃を使え。もう、分かったな?」
 ザンバラは、少し熱を持った散弾銃の銃身を、体から離した。深川は言った。
「岩村と村岡を殺れ」
     
 深川と溝口が、バーから辿った場所。岩村と村岡は今晩、港の倉庫に手配した車を取りに行く。その情報を掴ませるところまでが、恐らく岩村のお膳立てだろう。入念に準備された、茶番の舞台に違いない。ザンバラは、クラウンを走らせながら、考えた。トランクには死体。凶器の散弾銃は、リアシートの下に転がっている。それを運転させられているということは、何を意味するのか。ザンバラは、バックミラーに映った自分の顔を見て、嘲笑うようにため息を吐いた。俺は生餌だ。ひとつだけ違うのは、餌でありながら、相手を殺すことを期待されているということ。警察に止められれば終わりだが、それを期待している自分もいた。ザンバラは、赤谷が最後に言い残した住所に向かってクラウンを走らせながら、それ自体、本当に優先してやるべきことなのか、確信が持てずにいた。今更在庫を動かして、何になる? 赤谷は死んだ。体の一部がバラバラになったまま、トランクで揺られている。これから、タミーが代わりに仕切るのだろうか。そんなことをしたら、二か月も持たないだろう。赤谷が伝えたアパートは、ザンバラが訪れたことのない、住宅街の端にあった。タミーと赤谷だけが知っている、秘密の場所ということになる。通学路が近いし、人目が多い。ザンバラは首をすくめながら、そろそろとクラウンを走らせた。夕方五時。日が暮れ始めている。
 アパートの階段を上がり、部屋のドアノブを捻ると、鍵はかかっていなかった。ザンバラはゆっくりとドアを開けた。白色のスニーカーがひと組、出口を向いて丁寧に並べられている。後ろ手にドアを閉めると、ザンバラは鍵を閉めた。台所を覗き込むと、シンクの上に段ボール箱がひと箱置いてあって、それはザンバラも見たことのある『商品』だった。数カ月分はある。これだけあれば、今年いっぱいは金に困らない。金にうるさかった赤谷らしい、最期の言葉。ザンバラは、その隣に並べられた薄緑色のパケに『Q』と書かれていることに気づいた。ここは、女王のための部屋だ。玄関に並べられたスニーカーを振り返ったザンバラは、居間を覗いた。ソファの上で横になっている女王と目が合った。その体がゆっくりと起き上がるのを見た時、ザンバラは言った。
作品名:Ivy 作家名:オオサカタロウ