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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Ivy

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一九九九年 九月 
  
 人が集まっている。思わず腕時計を顔の前に持ち上げると、汗で滑って盤が明後日の方向を向いた。手首を振って盤の位置を元に戻すと、前髪が垂れて目にかかった。髪があちこちに跳ねたままのざんばら頭だから、そのままザンバラと呼ばれている。隣に立つ名付け親のタミーが、マルボロの空箱を取り出して、中身がないことに気づくと、金髪の坊主頭をがっくり垂れて言った。
「なんや、なんかあったんか。何時?」
 ザンバラは、髪を手でどけると、腕時計を片手で押さえて盤の文字を読んだ。もう日が昇りつつある。
「六時……、半」
 二人が足を止めたのは、駅と繋がるショッピングセンターの裏手にある、旧広場。今は反対側に噴水のある広場ができて、そちらがメインの待ち合わせ場所になっているから、旧広場にはタクシーや運送業者以外は、ほとんど集まらない。ザンバラは、カラスのように集まって見物しているタクシーの運転手数人を、小突いてどかせた。タミーが肩で体当たりして殴る素振りを見せると、小柄な運転手が顔を庇うようにしながら車に戻っていった。即席の見物席が完成し、道路をまたいだ先にある広場のど真ん中に、男が仰向けになって倒れているのが見えた。胸は上下しておらず、死んでいるのは明らかだった。
「死んどるな」
 タミーが呟いた。仰向けに寝ているところを顔だけ押し潰されたのか、頭が破裂した水風船のようにだらしなく地面に模様を作っている。指紋も剥がされたらしく、両手の指先も血まみれだった。
「四十歳ぐらいか。轢き逃げかな?」
 あと十年も経てばその年齢に達するタミーは、それが想像もつかない未来であるかのように、苦笑いを浮かべた。一歳年上で三十一歳のザンバラは、その様子を眺めながら、同じように苦笑いを浮かべた。タミーは警察ドラマのファンで、すぐに刑事や探偵目線になって、物事を『分析』しようとする。ザンバラは首を傾げると、小さく息をついた。
「轢かれたんやったら、血がタイヤの跡になって伸びるんちゃうか?」
「なるほどな。ほな、殺人か」
 タミーは結論に急に近づきすぎたのか、興味をなくしたように宙を仰いだ。ザンバラは、近くの柱にまで、血が散っていることに気づいた。
「ハンマーかもな。バカでかいやつ」
 パトカーのサイレンが遠くから聞こえてきて、タミーは首をすくめた。行き止まりの方向へ歩き出そうとした肩を、ザンバラは掴んだ。
「そっちはあかん」
 言いながら、死体の周りをぐるりと歩いて気づいた。スラックスのポケットから、はみ出ている小さな袋。
「おい」
 そう言ったザンバラの視線を追ったタミーは、目を丸くした。
「うちのか?」
 マジックで『Q』と書かれたパケ。中身は入っていない。タミーが引き抜こうと手を伸ばしたのを、ザンバラが止めた。
「やめとけ、触るな」
 タミーは未練がましい様子で歯を食いしばったが、遠巻きに見つめる見物人の視線が自分に集中していることに気づき、諦めたことを発表するように両手を上げて後ずさった。学生や会社員が集まり始めている。
「客か? 見たことある顔か?」
 小声でザンバラが言うと、死体とサイレンの両方から距離を置くように後ずさりながら、タミーは笑った。
「いや、元の顔分からんから」
 言いながら死体のそばの植え込みを抜けるとき、タミーは何かにつまずいてバランスを崩した。ザンバラは笑いながら、足元に視線を落とした。『骨』という字をかたどった、チャンネル文字が落ちていた。整骨院の看板の一部が盗まれたものかもしれない。そう思いながら、ザンバラは言った。
「お前が今引っかかったん、骨やぞ」
「は? きっしょいな」
「骨って、あれやで。看板の字みたいな。何の看板やろな」
 ザンバラが言うと、タミーは早足で歩きながら言った。
「豚骨とか?」
 発想は全く違っても、二年に渡って同じ商売をしている。ザンバラはタミーのペースに合わせて少し歩調を速めながら思った。犯人がここを選んだのは、自分たちが遠回りしてこの道を通るのと、同じ理由だろう。この道には、防犯カメラがない。出口にひとつだけあるが、稼働していないということを、知り合いの運転手から聞いた。長距離を走る予定だったから、タミーは商品を少し分けてやっていた。中身は誰でも作れる覚醒剤だが、効果はかなり薄くしてあるから、そういうお裾分けの品は、仲間内で『漢方薬』と呼んでいる。
 ザンバラは、息をする度に喉が引っかかる気がして、自販機の前で立ち止まった。早く先を急ぎたい様子のタミーは、神経質な性格で知られている。本名は富野だが、学生時代に留学していたとき『トミー』というあだ名をもらい、ネイティブの発音だと『タミー』に聞こえることから、以来その呼び名が定着した。英語が好きなタミーは、仕分けのときに、品質別に名前を付けるようにしていた。客の手元に渡る頃には、売人以外は区別がつかなくなっているが、目の利く人間なら、見ただけで違いを見抜けるぐらい、その品質には隔たりがある。まず、単発の客向けは『S』。『シングル』の頭文字で、リピーターになる可能性は見込まないから、品質は最低。ラーメンで言えば、出汁に使った骨がそのまま入っているような代物。顔見知りの客向けは『R』。『リピーター』の頭文字で、客の好みに合わせて『味付け』もする。紹介客向けは、『O』。『お得意さん』の頭文字で、思いつかなかったのかこれだけ英語ではない。単価は安いが、量が捌ける。ザンバラは、自販機で酔い覚ましのコーヒーを二本買うと、タミーに一本を投げて渡した。
「シャキッとするぞ」
 ザンバラは苦いコーヒーで喉を洗い流した。死体のポケットに入った袋。タミーが思わず回収しようとしたのも、無理はない。『Q』は『クイーン』の頭文字で、コカイン。慣れた人間だと飛べないぐらいに薄められているが、重曹は使っておらず、品質は高い。タミーは、女王と呼ぶ客のために、特別に自分で作っている。誰も女王の姿を見たことがないどころか、どこでどうやって受け渡しをしているのかすら、知らされていない。『Q』だけパケに文字を書いているということすら、今日まで知らなかった。この特別な商品のことを把握しているのは、タミー以外だと、元締めの赤谷と、その上の『サンプル様』と呼ばれる原材料の提供元ぐらいしかいない。
作品名:Ivy 作家名:オオサカタロウ