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短編集73(過去作品)

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 普段鬱状態に陥ると人と話すどころか、顔を見るのさえも嫌になるのだが、今回は人恋しくて仕方がない。普段に陥る時は、いつもニコニコ笑って接していることがとても無意味に感じていると思えるほど、笑顔というものを苦痛に感じるのである。それだけに愛想笑いしかできない自分が歯がゆくて、情けなくなり、余計に鬱状態を深いものにしてしまっている。
 それだからであろうか、人と会うのがどうしても億劫になるのである。話すことはもちろんのこと、人の気配を感じることすら嫌になるのだ。これほど辛いことはない。鬱でも何でもない時は、どちらかというと寂しがり屋である。ただでさえ寂しがり屋の私なのだから、人と接するのが億劫というのは、精神的にも致命的なことだろう。
 しかし今回は違う。「寂しい」のだ。
 いつもバカなことばかりを言い合っている友達がいるのだが、彼とは大学時代からの友達で、息の長い方である。大学の入学式の時に初めて出会ったのだが、一目見ただけで何となくインスピレーションが合うような気がしたのだ。
 今までにそんなことを感じる人はいなかった。友達を作るとしても、席が近いという理由だったりと、偶然が多かったかも知れない。そのため、第一印象からインスピレーションを感じたことなどなかったが、彼に関しては、
――友達になる人だ――
 と直感したのだ。
――これがインスピレーションというものか?
 即座にそう感じた。相手も私の顔を不思議そうな目で見ていたので、ひょっとしてそれだけ開いてに訴えるものがあったのかも知れない。
 話をしてみて、やはり彼とは波長が合うようだ。彼は聞き上手で、私の言いたいことをすべて聞いてくれて意見をしてくれる。それが私には嬉しかった。
「いやいや、君だって聞き上手だよ」
 私が彼のいいところとして、聞き上手だと話した時に彼からそう言われた。
「今までそんなことを言われたことなんてなかったよ」
「きっとそれは、インスピレーションの合う友達がまわりにいなかったからだよ」
 と、彼の口からもハッキリとインスピレーションという言葉が出てきた。それが私にとって嬉しかったことは言うまでもない。
 今でも彼とは交流がある。末永く付き合える相手としての認識がお互いにあるのか、時々でも連絡を取り合っている。しかし、ほとんどが私からのようで、そのほとんどは相談事なのだ。
「また、落ち込んだのかい?」
 彼は苦笑しながらも、そう言って私を迎えてくれる。就職先も大学の近くだったため、住んでいたアパートをそのまま住まいにしている。
「ここに来れば落ち着くんだよ」
 大学時代そのままの世界が、彼の部屋には広がっている。彼は名前を水谷直哉といい、アパートの表札も大学時代そのままで、安心させられる。
「大学時代の気持ちが抜けてないんじゃないか?」
「いやいや、そんなことはないさ。会社に行けば新人だからね。いろいろ気も遣うよ」
 そう言いながらも、新入社員時代の私は、まだ学生気分のままだったに違いない。
 その証拠に、入社してまだ夏に入る前に一気に鬱状態に陥ったことがある。
「それを五月病というのさ」
 直哉はそう言って私に微笑みかけるが、その心のうちには、
「いつもの鬱病ではなく、皆なるものだから、そんなに心配することはない」
 と言いたげに感じられた。
「でも、いつもの鬱状態とあまり変わらないけどね」
「原因は何かあるのかい?」
「それがないんだよ。だから今回は一気に鬱状態に入ってしまった」
 以前に鬱に入る時の気分を直哉に話したことがある。だから、「一気に来る」という言葉だけで、私の言いたいことが分かってもらえるはずである。
「やっぱり、五月病だ。心配することはない。すぐに治る」
 そう言って慰めてくれた。直哉には私と同じような五月病はないのだろうか?
 直哉もどっちらかというと鬱病に入りやすい方だと聞いていた。しかし私と違って直哉の場合は理由が必ず存在する。いろいろなことを受け入れて考える方ではない直哉は、いつも考えを入り口でシャットアウトしようとしていると聞いたことがある。
「余計なことを考えるとストレスが溜まるし、君のように、理由のない鬱状態に陥ると体力を消耗しそうで怖いんだ」
 元々身体の強い方ではない直哉の言葉には重みがあった。
「なるべく考えないようにしている。それは、小さい頃から心掛けてきたことなんだ。だから自然とそんな考えが身に付いていて、身体が考えることを拒否している」
 私には直哉のいうことがいいことなのか悪いことなのかの判断ができないでいた。私が黙っていると、
「まぁ、これは俺が小さい頃から感じて実践してきたから身に付いたことなので、今さら君にこれを実践しろと言っても無理だと思うけど、訓練をするのは無駄ではないかも知れないね」
 私は努力をしてみた。しかしさすがにその言葉を実践することは無理だった。言葉に重みがあるのが分かっているだけに、最初から「無理かも知れない」という思いが、頭をよぎるのだ。
「やっぱり、君の言うようには行かないよ」
「それはそうだろう。いきなり身につくものではないし、ただ、心がけがあるかないかで少しは違うと思っただけだからね」
「君は鬱状態に陥ったことってあるの?」
「ないこともない」
「それはどういう時?」
「一度、好きな女性にフラれたことがあってね。その時かな?」
 直哉に失恋の経験があるなど、その時初めて知った。
「俺が失恋なんてって顔してるな?」
 と、言って苦笑する直哉だったが、さすが長い付き合い、表情でこちらの気持ちはお見通しのようだ。
「でも、失恋をしたなんて、全然知らなかった」
 これは本当だ。たぶん知らないのは私だけではないだろう。
「隠していたからね。隠す方も大変だったんだよ」
 確かにそうだ。彼女ができれば、すぐにでもまわりに宣伝しなければ気がすまない私には想像がつかない。しかし、考えてみれば別れた時にはまわりに知られていない方が都合がいいかも知れない。そう思うのは私だけだろうか?
「実は遠距離恋愛だったんだよ」
「遠距離恋愛って……。どうやって知り合ったの?」
 遠距離恋愛は続かないということをよく聞く。理由に関してはいろいろ思い浮かぶことはあるが、実際に経験がないため、心境の変化などメンタルな部分は、想像もつかない。
「元々は近くだったんだよ。相手は高校を卒業してからすぐに就職した社会人、転勤になって離れてしまったんだ。歳は一つ下だったかな?」
 私も大学時代、OLと付き合ったことがある。私の場合は、女性の方が少し年上でしっかりしたところがあった。それがOLとしてしっかりしているのか、年上だからしっかりしているのか、自分でもよく分からないでいたが……。どちらにしてもうまくいっていたのは事実で、それは私が従順な性格だからだと思っていた。
――従順な性格?
 というよりも、甘えたがりが功を奏していたのかも知れない。小さい頃から母親にべったりで過ごしてきた私には、どうやら「マザコン」の気があるのかも知れない。さすがに母親ほど歳の離れた女性は敬遠してしまうが、幾分か年上に甘えていたいという気持ちはいつも持っていた。
作品名:短編集73(過去作品) 作家名:森本晃次