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「催眠」と「夢遊病」

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 この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。ご了承願います。

               つかさと新垣

 藤堂つかさは、今年二十歳になる女子大生であった。名前を「つかさ」というため、男なのか女のか名前だけでは分かりにくいところから、最近までこの名前が嫌いだった。だが、大学に入って最初に友達になった男性から、
「俺は、つかさっていうその名前好きだな」
 と言われたことから、つかさという名前もまんざらでもないと思うようになった。
 さらに、この言葉を聞いてから、彼のことがずっと気になるようになって、自分が男性を好きになったということを自覚したのだ。
 高校生の頃は女子高だったので、まわりに男子がいなかったこともあって、男性を自分が好きになるということに対してピンとこなかった。意識として、
「男性を好きになるということは他人事であって、自分に関わることではない」
 と思っていたのである。
 それよりも、相手から好かれることの方がありえないと思っていたこともあって、まわりの女の子が男子の話題をしているのを、本当に他人事として聞いていたのだ。自分に男性と付き合ったことがないというだけの単純な理由でそういう話を他人事のように聞いていたわけではない。本当にそう感じていたのだ。
 高校時代のつかさは、勉強ができたわけでもなく、スポーツが得意だったわけでもなく、さらには、芸術的なことに長けていたわけでもない。いわゆる、
「どこにでもいる平凡な女子高生」
 というだけのことで、それを一番意識していたのは、つかさ本人だった。
 ただ、つかさはよく夢を見ていた。
 毎日のように夢を見る時期があったのだが、ある時など、その日だけは夢を見なかった時があって、今まで毎日見ていた夢をその日見なかったことがどうしても気になったのか、いろいろ考えてみた。
 そして、根拠はないことだったが、何とか自分を納得させることができた結論に達したのだが、それは、
「夢を見ることができなかった」
 という夢を見ていたのではないかということであった。
 まるで笑い話のようだが、つかさは真剣に考えていたのだ。
 つかさは自分で納得さえできれば、他の人が認めてくれないことでも、一応結論として受け入れることができる。そんなつかさを他の人は、
「何を考えているか分からないところがある」
 と言って、敬遠することが多かった。
 だが、つかさを知る人は、
「あなたほど分かりやすい性格の人っていないような気がするわ」
 と言っていた。
 それが、皮肉なのは分かっているが、つかさには悪い気がしなかった。却って何も言わない人たちの方が不気味に感じられ、なるべく自分からも近寄りたくないと思うほどだった。
 つかさのことを、
「何を考えているか分からない」
 と言っている人は、つかさのことを一方向からしか見ていないので、分かるかも知れないことまで一絡げにして、
「分からない」
 という言葉で片づけようとしていた。
 要するに面倒くさがり屋なのだろう。
 つかさのことをまったく気にしていない人もいる。そういう人は、ある意味徹底しているのであって、つかさのことを分からないという人は、少しでもつかさに興味を持ったということになるので、その考えは、
「中途半端だ」
 ということになるのだろう。
 少しでも興味を持ってくれた人がいることはつかさにとって嬉しいことだと感じた時期もあったが、結局中途半端で放り出すくらいなら、まったく気にしない人の方がまだマシに見えてきた。
 そういう意識があったからだろうか。高校生の途中くらいから、つかさは意識してまわりから気配を消そうと思うようになったのだ。
 つかさは自分のことを、
「石ころのような存在」
 と思うようになっていた。
「なるべく目立たないようにすることが自分の気配を消すことだ」
 と思っていたが、石ころのような存在にまで行き着くには、そんな単純なことだけではないということにウスウス気付いているようだった。
 そもそも小学生の頃までは、目立ちたいと思うような女の子だった。口数も少ない方ではなく、話題性もないわけではないと思っていた。だが、なぜかいつも中心にいることはできないでいた。
「自分より目立つ人がいただけのことだ」
 と思っていたが、それが言い訳にしかすぎないということに気付いたのは、中学に入ってからのことだった。
 集合写真を見ると、その意識は間違っていないことは小学生の頃から分かっていたのだが、それを認めたくない自分がいた。
「この時は、この子が目立っていたんだわ」
 と写真を見れば、そのことがよく分かった。
 もちろん、写真写りのいい人悪い人の違いはあるのだろうが、それだけで片づけてはいけないように思えた。確かに写真写りのいい女の子は、よく見ればいつも目立っていたような気がする。それを集合写真は証明しているようで、中学になってそのことに気付いてからは、写真写りが最悪に悪い自分が目立つことなどできるはずはないと思えたからだ。
 つかさが小学生の頃に一番目立っていたのは誰だっただろう? 思い出そうとすると、ハッキリとしなかった。さらに小学生の頃に思いを馳せてみると、意外なことに気が付いた。
「それぞれの学年の時で、目立つ女の子って違ったような気がするな」
 というものだった。
 しかし、考えてみれば、学年が変わると目立つ女の子が変わるというのも当たり前のことのように思えてきた。
 学年ごとにクラス替えがあるので、当然と言えば当然だ。取り巻きと言われる人たちがクラス替えで同じクラスにならなければ、遠ざかっていくのも仕方のないことだ。目立つ当人は取り巻きが決まっていると思いがちだが、取り巻きからすれば、頂点にいる相手は誰であっても関係ない。人間につくわけではなく、「目立っている人」についているだけなのだ。
 それは、「イヌ派」と「ネコ派」の違いに似ているかも知れない。
「犬は人につくけど、ネコは家につく」
 という話を聞いたことがある。
 つかさは目立っている人は「イヌ派」であり、取り巻きの方は、自分たちが持ち上げる人を「ネコ派」として見ているのではないだろうか。
 そこまでは中学時代のつかさには分かっていなかったが、二十歳になったつかさにはその意識があった。つかさがこのことを最初に意識したのがいつのことだったのか、どんなきっかけがあったのかということは意識の中にはない。
「いつの間にか、イヌ派、ネコ派という考えが頭の中にあったんだわ」
 と思っていた。
 いつの間にか意識するようになったというのは、つかさの中には結構あったような気がする。
 つかさにとって目立ちたいという意識がどういうものなのか、その意義を忘れかけたのが、高校時代になってからだった。
 高校生になると、急にまわりの人誰もが自分の気配を消しているように思えてきた。
――どうしてこんなに真っ暗なイメージなのかしら?
 と感じた。
作品名:「催眠」と「夢遊病」 作家名:森本晃次