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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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黄昏クラブ

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 文芸部の部室は、いつも閑散としていた。普通の教室の三分の一くらいの広ささえ持て余してしまうほどに。一年を通して、この部屋に二人以上の人間がいることはほとんどなかった。本を読むだけなら図書室を使えばいいようなものだが、そこは図書部に割り当てられていて、半ば島流し的に、よく言えば棚ボタのように単独の部室が宛がわれていた。
 顧問は鉄道研究会とかけもちで、ここにある本が鉄道ミステリーだらけだったことに驚いたのは入部して間無しの頃だった。先輩たちは部員勧誘だけすれば、あとは放置。私はそんな旅行ミステリーに埋め尽くされた中に松本清張の本が混じっているのを手に取り、独りで読み始めた。どうせ帰ってもうるさいだけだ。勉強するのも読書するのも、この部室でだった。
 親友はバレー部と吹奏楽部だったし、よほどのことがない限り、私は部室で一人で過ごしていた。
 だからと言って寂しい高校生活だったわけでは決してない。試験前など、幾何が苦手なクラスメイトが訪ねてきたりもしたし、放課後以外の学校生活は普通に充実していた。
 少なくとも、私はそう思っていた。
 二年生の時点でヌシと呼ばれていた私、早乙女彩夏は白い陽射しをカーテン越しに受けながら本を読んでいた。
 季節は初夏。中間試験も終わって気分も天気も晴々な中、相も変わらず私は部室に一人だった。
 私ももう三年生。進学のための受験勉強に打ち込むには最高の環境がここにある。だが、私は分厚い本を読んでいる。それも、受験とは関係ないものを。
 文化系クラブにもそういう言い方があるのかは知らないが、文芸部は弱小と言うのももったいないくらいの過疎部だ。かつて先輩が言っていたように、潰れない程度に部員がいて活動してるふりだけしていればいいのだ。その活動とは、学園祭で冊子を出すこと。成り行きで部長になってしまった私がやることと言えば、何人かの部員をせっついて適当にやる気を出させることくらい。普段は幽霊でも学園祭だけは生き返れというのがスローガンってわけでもないが、その程度だった。
 だから、私も部員に月一で何か書いて来させるだけ。書いてきてくれたら、一読くらいはして感想は返す。本当なら全部員が揃ってやるべきなのだろうが、そんな面倒なことをしてたら部員も集まらないっていうのが先輩からの忠告だった。
 で、私は今日も一人で読書タイムを満喫しているっていうわけ。
 いま、読んでいるのは図書室の書庫で見つけた三浦綾子全集。はじめは何となく手に取ってみただけだったんだけど、思いもよらずのめり込んで、ただ今第五巻の『残像』を読んでいるところ。確か、中学の図書室にもあったはずなんだけど、どうして今まで気がつかなかったのか、自分の目の節穴さ加減には呆れてしまう。
 不意にドアが開けられて驚いて顔を上げる。
「早乙女さん。もう下校時間を過ぎてますよ」
 見回りの先生だった。見回りは当番制で、日によって違う先生だ。今日の見回りは、音楽の三富先生だった。
「すみません。気がつきませんでした」
 言いつつも、私は慌てない。三富先生とは結構仲が良くて、趣味も合ったから。
「いい加減、受験生らしくしなさいよ。いくら模試が及第点でも安心できないんだからね」
「はい」
 先生は及第点と言ってくれたが、実のところギリギリなんだけど。
「で、今は誰にお熱なの?」
 私が、誰か気に入った作家を見つけたら、そればっかり読んでしまう傾向を知っての発言だった。
「み……三浦綾子です」
「ふーん」
 先生が歩み寄って来る。「私も女子高生時代にはハマったなぁ」
 自分で女子高生と言っていることに、私は苦笑する。
「まるで触れたら怪我をしそうなほどの鋭利な切り口、それなのに輝きは暖かいのよね」
「そう……なんです、か……」
「中間終わっての息抜きかもしれないけど、ほどほどにね」
 そう言って、先生は部室を出て行った。
  当時、帰宅部と称されていた文化系クラブは結構多かった。その中で、こんなに遅くまで残っている部員は私くらいのものじゃなかっただろうか。
 運動系の部活は朝練も含めて長時間の練習が許されているのに、文化系だけ時間通りに帰れと言われるのは、なんだか不公平だと私は感じていた。
 開け放したままの窓を閉め、本を鞄に仕舞って部室を出る。鍵は返す必要はない。こっそり合鍵を持っていたからだ。私が作ったのではなく、これは代々文芸部長に受け継がれる唯一のものだったというだけだ。
 ゆっくりと出口に向かい、先生が開けたままにしておいた引き戸を閉める。
 また、恭一はゲームしてるんだろうな――
 ため息をつきつつ、一旦は完全に閉めようとしていた手を、私は止めた。
 特に理由はなかった。
 閉めるのを躊躇うようなことは何もないはずだった。
 だから、私はうつ向いたまま扉を閉ざした。
 でも、次の瞬間――
 私は思いっきり扉を引き開けていた。誰もいないはずの部屋から、物音が聞こえたような気がしたからだ。
 だが、誰もいなかった。
 そりゃあ、当り前よね。
 私しかいなかったんだし。
 肩の力を抜いて扉を閉め直そうとした時だった。
――てんてん、てんまり、てん、てまり……。てんてん……――
 誰かが歌っているのか聞こえてきた。
 それも、夕暮れの高校には似つかわしくない歌声が。
 どうやら、その歌声は文芸部室の右隣の部屋から聞こえてくるようだった。
 隣は、確か――
 この一角は全て文化系の部室ばかりのはずだった。だから、こんな時間まで人がいることは滅多にない。
 その扉の上にも横にも、クラブ名の札はない。だが、歌声は確かにその部屋の中から聞こえてくる。それに、鞠つきをしているような床を打つ物音も。
 私は恐る恐る、扉に手をかけた。
 鍵はかかっていなかったが、古い引き戸は必要以上に大きな音を立てた。
 ほとんど空っぽの部屋の中に、晴れ着姿の女の子がいた。私の来訪に驚いたように、手鞠を両手で支え持ったまま、目を見開いて私を見ていた。
 部屋は夕日に照らされた逆光で少女の表情までは分からなかったはずだが、私には彼女の驚きが直に伝わって来たかのように思えた。
「大……丈夫?」
 その声に、私ははっと我に返った。
 窓際に、一人の少女が掛けていた。それは、先ほどの晴れ着姿の、幼女と少女の間のような感じではなく私と同じくらいの年齢で、しかもこの学校の制服を着ていた。
「あ……あの……」
 私は馬鹿みたいに口をパクパクさせながら喘ぎ喘ぎ言った。
「居残り組」
 制服姿の少女が言う。
「居残り……組?」
「あなたも、そうなんでしょう?」
「いや、私は――」
「そっか、違うのね……」
 少女は、窓の方に向いた。もう、私になど興味はないとでもいう風に。
「ねえ」
 三富先生はここにも声をかけたはずだ。だが隣の扉が開けられた気配は全く感じられなかった。一向に少女が帰る素振りも見せないことに不信を抱いて私は訊いた。「帰らないの?」
「どうして?」
 私の方を見もせず、少女が言う。
「どうしてって……」
「先生が帰れって言うから?」
「……」
「おかしいよね」
 相変わらず、私を見ずに彼女は言う。「ほら」
作品名:黄昏クラブ 作家名:泉絵師 遙夏