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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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黄昏クラブ

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プロローグ


 高校時代、私は文芸部に入っていた。
 極端なまでの運動音痴な私は、体育系の部活などもってのほかで、かと言って文化系でも活発そうなものは避けたかった。要は面倒くさがりだったのだ。だから文芸部。茶道や華道なんて長時間正座するのなんて耐えられないし、吹奏楽部とかだとお金がかかる上に、いやそれ以前に楽器を鳴らせない。
「なんだ、お母さんって、できないことだらけじゃん」
 娘の|真紀理が鬼の首を取ったように言う。
「人ができないからって、自分もできなくていいってことにはならないわよ」
 私は言い返す。
 一人娘の真紀理は十六歳、高校二年生だ。歳末大売り出し――ではなくて年末大掃除の真っ最中。と言うか、その休憩中。リビングを片付けているときに真紀理がテレビ台の奥にあったものを引っ張り出したところ、そこに私の高校の卒業アルバムがあった。それでついつい乗せられて休憩となったわけだ。
 共学の公立だったから私立ほどの派手さはないが、各クラスの写真の後ろの方のページに部活の集合写真がある。野球部やラグビー部、女子テニス部やバスケ部などは揃いのユニフォームを着てそれなりに様になっているが、文化系クラブはどれもぱっとしない。せいぜい華道部が花を添えているというところか。
 それで、文芸部はというと、活動報告のため申し訳程度に作った冊子を持って、憮然とした表情をした写真だけ。当時一番多いときでも部員は四人だったのだから、仕方ない。
「ふうん、一応は部長だったんだ」
 紅茶を飲みながら真紀理が言う。
「そうよ。一応はね」
「でさ、文芸部って何をやってたの? えーっと、うちの学校にもあったかなぁ……」
「本読むの。それから……」
 感想とか、書いたっけ――?
 冊子には、何か書いた記憶がある。誰かが三島由紀夫論みたいなのを書いてきてびっくりしたこととか。あれは一年の時だったかな――
「それから、何? 本読むだけ?」
「うーん……。たぶん」
「まあ、それだったらお母さんでも大丈夫そう」
「って、どういう意味よ」
「だって、お母さんってば、結構ぼんやりさんなんだもん」
「言いたいこと、言ってくれるじゃない。そういう真紀理こそ、天文部でしょ? 運動嫌いだから」
「まあね」
 真紀理が澄まして言う。「まさか文系で合宿あるとは思わなかったけど」
「私の頃の天文部って、漫研と並ぶオタクの巣窟だったんだけどね。今は女子も何人かいるんでしょ?」
「うん。私も入れて四人」
 真紀理が、わざわざ空いている左手の四本の指を立てて見せる。「それでさ」
 口の中のクッキーを紅茶で流し込んでから、真紀理が続ける。「本読むだけって、要するに帰宅部だよね。感想も書かなくていいんなら、読まなくてもいいんだし。でも、お母さんのことだから、どこででも読むのか」
 私は一応は兼業主婦をしている。少しばかりエッセイなどの連載を持っているライターなのだ。だからというか、それ以前から読書は私のとっては趣味ではあったけれど、今ではそれ以上のものとなっている。なにせ、ものを書くにはインプットが必要なのだ。でも、当時は文芸部と言えば帰宅部の代表のようなものだった。
「帰宅部ねえ。まあ、そう言えなくもなかったけどね。私はそうでもなかったわよ。前に言わなかったっけ?」
「何を?」
「私が部長になった理由」
「知らない」
「そっか」
「なになに? 武勇伝?」
「お父さんじゃないわよ」
 ノリノリで身を乗り出してくる真紀理に私は苦笑する。
「そうよねえ」
 さもがっかりしたという態で真紀理はソファに腰を落とした。「文芸部の武勇伝なんて、想像できないし」
「当り前よ。あのね、私が部長になったのはね、文芸部自体は帰宅部扱いされてたけど、帰宅しなかったからなのよ」
「え? 何それ? 住み込んでたとか? 初耳!」
「馬鹿おっしゃい。ちゃんと下校はしてたし、家にも帰ってた。ただ、叔父さん知ってるでしょ?」
「恭おじさん?」
「そう。私が中学生の頃はお婆ちゃんとアパートに住んでた話はしたわよね」
 真紀理が頷く。
 私が中学生の頃、弟の恭一はすでにゲームにはまっていて、毎日のように友達を連れてきてはゲームに興じていた。音量もさることながら熱狂してくると声も大きくなる。昔ながらのボロアパートだから、嫌でもその騒音は耳につき、勉強も読書もできたものではなかった。
 それは私が高校に上がってからも続いていたから、自然と帰宅は遅くなった。母子家庭で母親の帰りが遅いため、夕飯の支度に遅れない程度には帰宅せねばならなかったが、それでも下校時間ギリギリまで粘るのが常だった。そんなに時間を潰しても、恭一はその友人たちとゲームをしている最中で、私は彼らに帰りを促さなければならなかった。
 三年生が卒業してしまうと、一番遅くまで部室に残っている私が当然のように部長に選ばれた。二年に上がるまでに、すでに『ヌシ』とさえ呼ばれていたくらいだから、致し方ないことだった。
「ヌシって!」
 真紀理が腹を抱えて笑う。
「ね、失礼でしょう?」
「でも、ぴったりだわ」
「何よ、あんたまで」
「だってさ。仕事してる時のお母さんって、ホントにヌシっぽいもん」
「人をナマズみたいに言わないの」
 娘を睨みつけながら、私はふっと思い出しそうになった。「たそがれ……」
「え?」
 無意識に口に出していたらしい、真紀理が不思議そうに私を見る。
「え? どうかした?」
「いま、たそがれって」
「そんなこと、言った?」
 いくら冬の日は短いとは言え、午後の二時過ぎにたそがれることはない。「いま、何の話をしてたんだっけ?」
 私は問い返す。それまで何を話していたのか、ぼんやりと霞んでしまっている。
「たそがれ」
「そうじゃなくて」
「おかあさん?」
 額に手を当ててテーブルに肘をついた私を見て、真紀理が心配げに訊いてくる。
 たそがれ。
 たそがれ――
 黄橙の光、揺れるカーテン――
 思い出した。三年生だった頃の記憶。どうしてだか、今まですっかり忘れてしまっていた。
「うん……」
 私は顔を上げた。「大丈夫よ」
「ホントに? 顔色悪いみたいだよ?」
「昔のことを思い出して」
 半分ほど残った紅茶で口の中を潤して、私は言った。「武勇伝じゃないんだけどね」
 微笑んで見せる。「でもね、とっても不思議なお話なの」
「ふうん。よかったら、聞かせてくれる?」
「そうね、まずどこから話そうか――」
 私は遠い日に視線を投げた。
作品名:黄昏クラブ 作家名:泉絵師 遙夏