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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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津軽の風は夢を運ぶ

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――あおもーり……あおもーり……――
 特急「いなほ」1号を下りると、広いホームに響く、どことなく最果ての地へと誘うような哀愁を帯びた案内放送が耳に入った。
 新潟まで夜行急行で出て、そこから特急に乗り換えて終点まで、延々15時間あまりをかけて着いた青森駅は、さすがに古い歌にも歌われているような、寂びた雰囲気があった。まだ午後4時にもなっていないにも関わらず、すでに夕方遅い時間のような昏さの中に、東京方面からの列車とともに包まれていた。
『連絡船のりば』と書かれた案内に従って階段を上がる。足元には病院のように線が引かれ、間違いなくそちらへと誘導されてゆく。
 乗船口はまだ開いてはおらず、やたらと広い待合室に行き着く。かつては本州と北海道を結ぶ唯一のルートだった青函連絡船、その待合室は日本中からの夏休みの旅行客を収容してもなお空間を持て余していた。奥に並ぶ土産物店の前に立つ人の姿は少ない。
 私は幼い頃から母の若い頃の旅行の話をよく聞かされて育った。中学生の時からずっと北海道に憧れてはいたけど、お金のこともあって、そして何より親の反対があって訪れることが出来なかった。自分では女の一人旅の自由さをさんざん自慢してきたくせに、いざ私が言い出したら危ないからと止められた。
 理不尽な思いを抱えながらも高校へ進学してすぐにバイトを始め、夏休みまでに必死で貯めた。それで母を説得し、自分で稼いだお金だから自由に使いなさいと、ようやく許可が下りたのだった。
 次の出航は16時発の八甲田丸。都会にあるような表示機ではなく、列車の方向幕のような古いものだった。親に連れられて観光船くらいにしか乗ったことしかない私は、そもそも船の乗り方すら知らない。ぼんやりと出札口に立つと乗船名簿を記入するようにとの掲示がある。
 私はシャッターの降りた窓口で乗船名簿の用紙に必要事項を記入して、すぐ横の箱に入れた。
 待合室に戻ると窓の外に、接近する連絡船が見えた。上半分が白く、下が黄色く塗られた八甲田丸。私はカメラを構えてその美しい姿を収めた。
 そうこうしている間に乗船口には大勢の人が並んでいた。私も大きな荷物を背負ってその後ろに並んだ。
 下船後の船内整理が終了してから、乗船口の改札が始まる。列は順調に進み、さほど待たされることもなかった。係員に周遊券を示してタラップに足をかける。そして乗船。微かな振動が足元から伝わってくる。
 自由席に行くと、そこはガラガラだった。あれほど多くの人が待合室にいたはずなのに、船内は閑散としていた。その理由は、少しだけ分かった。誰もが列車でここまで来たのだ。多くの人は座敷で足を伸ばしてゆったりと寛いでいた。
 二等座席に荷物を置いて船内を歩いてみる。二等の青い座席とは違い、グリーン席は赤。いくらかゆったりしている感じはあるけど、余分なお金を払ってまで座りたいとは思えなかった。それなら他の人同様、足を伸ばせる座敷の方がいい。青函連絡船は通常で片道三時間五十分なのに寝台がある。シャワールームやゲームコーナーを一瞥し、食堂でメニューだけを冷やかした。旅の出端でぜいたくは決してできない。なにせワイド周遊券の期限いっぱいまで使い切るつもりなのだから。
 ウィンドウにある名物『海峡定食』なるものを尻目に、デッキへと向かう。八甲田丸には大食堂の他に喫茶コーナーまであった。貧乏旅行必至の私にはどちらにも縁がなかったが、この船内に二つも飲食店があるのには驚いた。かつてはそれでも捌ききれないほどの乗船客がいたのだろうと思われた。
 接岸している方のデッキへ出ると、すでに船と陸の間に幾つもの紙テープが渡されていた。間もなく出航なのだ。思いの外、デッキに出ている人の姿は少ない。それでもそれがイベントなのか、手すりに結びつけられたテープが岸壁の方へと渡されている。それはそれで、少しもの悲しい光景ではあった。
 でも実際に船と陸の両側でテープを渡している人もいて、ほのぼのとした気分になった。
 乗船口と船内から同時に案内が流れる。陸側からは乗船を急かせる放送、船内からは間もなく出航の。
 銅鑼の音が響き渡る。
 いかにも古風な演出に胸が高鳴る。
 蛍の光が流れ始める。
 最後の乗船客数人が駆け込んだ後、タラップが上げられた。陸と船の両方で乗下船扉が閉められるのが見えた。
 銅鑼の音は三回ワンセットで数回鳴り響いて止んだ。
 船体と岸壁の間の黒い海面が拡がってゆくのが見える。垂れていた色とりどりの紙テープがぴんと張る。
 見送りのある人たちは互いに言葉を交わし合う。
 船出の光景が集約され、濃密な感情交流の渦に自らの感傷も相まって思わず涙ぐんでしまった。
 テープがちぎれる。もう船は岸壁からかなり離れてしまっていた。私はすぐ傍にあった階段を昇って後部甲板へと出た。そこからは、離れ行く青森の街が良く見えた。乗船口や駅からはよく見えなかった車両積み込み用の線路も。
 意外だったことは、この連絡船には自動車も積めるということだった。ひとつ下の甲板には数台の乗用車があった。青森と北海道の間には他にもフェリーがあるのに、わざわざ連絡船で行く人がいることも驚きだった。
 向き直ると、煙突からの熱気が空気を揺らめかせている。むろん、真っ黒な煙など吐いてはいない。
 船首の方に向き直ると、青い海原が見えた。
 あの向こうに北海道があるんだ――
 不意に汽笛が鳴った。
 哀愁を誘うような掠れた音調に心打たれた。
 ああ、北海道に行くんだ――
 そんな思いで煙突を見上げていた私に、背後から声をかけられた。男女数人のグループで、デッキにある八甲田丸のエンブレムを背景にグループ写真を撮って欲しいとのことだった。べつに断る理由もないから引き受けたけど、その後が嫌だった。
 どこから来たのか訊かれ、どうして一人なのかとか、失恋したのかとかうるさかった。あげくの果てには、「関西人って会話が漫才なんだよね」とか言われてうんざりした。
 私はいらないと断ったのに、無理やりに私のカメラで記念写真を撮られた。向こうはお礼のつもりだったんだろうけど、私は自分の写真は好きじゃない。フィルム一枚無駄にしたとしか思えなかった。
 上機嫌で去ってゆく彼らを見送って、私は微妙な気分だった。
 あの人たちは、修学旅行気分なんだろうな――
 気の合う友だち同士での旅もいいのかも知れない。でも私にはそんな友だちはいないし、私の趣味に付き合ってくれる人もいない。ならば一人旅の方が気楽でいい。
 羨ましいなんて、思わない――
 もう青森の街はずっと遠くになって、左手に津軽の低い山並みが青く望めるだけになっていた。