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ハイハイハイハイ掏られましたよ


 
引き続いてこれまでのおさらいです。前回はこれまでしてきた話の中で最も重要なことをもう一度語れませんでした。それはもちろん、
 
「アッ、スられた」
 
の件ですが、なぜかと言えばオーケンと遠藤の対談で触れられなかったからですね。
 
「まずどこで、捜査線上に、平沢さんが浮かんだかといえば」松井名刺だと言いながらに対談は、そこを曖昧にぼやかしている。解説には〈数百名のうち〉〈平沢氏が犯人とされた〉とあるが、それは占いで「これだ」とイカレ警部補が言われたからとされている。
 
オーケンはこれを信じて「こんなことがあっていいんですか」と言い、自分が偉い人間になったつもりになっちゃってるが、ちょっとは疑えよという話だ。けれども、まあ無理か。平沢貞通冤罪説の嘘はあまりに広まっている。みんなが言っているのだから、ほんとに無実なんだろうという話になっている。
 
やはり80年代に、死刑囚が何人も再審無罪になったことが大きいだろう。「免田事件」「財田川事件」「松山事件」といった帝銀と同時期の話は、ほんとにいいかげんな捜査で無理に自白させられ、無実の証拠がいくつもあるのに死刑が確定していたものであったという。
 
だから帝銀事件もまた、と言ってたところに平沢がうまい具合に死んじまった。時はバブルだ。ゴッホの絵が去年まで1億円だったのが2億4億8億円、16億に32億とハネ上がっていた頃だ。
 
そんなところに平沢が、うまい具合に死んでくれた。〈救う会〉としてはやったぜひゃっほー、話を全部作り変えて、証拠はないのに自白だけで死刑判決が出たことにしちゃいましょうよ、そうしましょう。
 
それで我らは儲かるのだ! 間違いなく何千億も儲かりますよ。一枚10億になってくれる絵が何百もあるんだから!
 
というわけで平沢が帝銀事件の犯人である証拠は無理に強制された自白以外に何もないことにされた、と。
 
けれども、それは大嘘である。
 
免田事件その他と違って平沢の場合には、〈松井名刺〉という極めて強力な証拠があった。他に間接証拠だが〈連続詐欺未遂〉という事実があって平沢も認めているし、また状況証拠だが、このふたつより強力と言える〈事件直後に手にしていた出所不明の大金〉というやつがある。
 
さらに細かな証拠がいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつも存在するのに対し、オーケンの勘違いと違って冤罪の証拠などただひとつもないのだが、しかしまあそれはよかろう。
 
物証の中で最大の〈松井名刺〉。これについて前回はちゃんと語れなかった。オーケンと遠藤がまともに話してないからだ。オーケンの問いに遠藤が、
 
   *
 
ハイハイハイハイ。
 
アフェリエイト:のほほん人間革命
 
としか応えずに、占いの話になってしまっている。
 
聞かれて困ることだから、ハイハイハイハイと言ったのだろう。よろしければ前回のスキャン画像のそこだけ御確認願いたい。ゆえにおれはこの点ツッコミようがなかった。
 
けど本当は、そこだけとっておいたのだ。いちばんおいしいおかずだから――というわけであらためて、「アッ、スられた」のおさらいである。
 
平沢が帝銀事件の犯人とされたのは、〈五聖閣〉とやらの占いで平沢が犯人と出たからではない。松井名刺から名が浮かび、小樽の警察に頼んで話を聞きに行かすと、
 
   *
 
「松井博士と名刺の交換はしたが、その名刺は二十二年ごろに、三河島駅の待合室で、手提鞄に入れておいた財布ごと盗られ、同駅前交番に届けて置いた」
 と言う報告があった。荒川署で調べると、当時たしかにその被害届が出ていたこともわかった。(略)
 
アフェリエイト:小説帝銀事件
 
そこでいったん線から消えるが、そこに新たに加わったのが平塚八兵衛。今度は前回の『のほほん』同様、セーチョーの『小説』をスキャンしたものをお見せしよう。(1)が八兵衛が調べたことと思しき部分である。
 
画像:小説帝銀事件88-89ページ
 
で、(2)が佐藤の法廷での証言だ。セーチョーはこちらの方を信頼できる言葉とし、同じことを弁護士は次のように述べたという。
 
画像:小説帝銀事件196-197ページ
 
以前おれが引用したのは(3)と(4)の部分。平沢は、帝銀事件の犯人だと認めた後もしばらくのうちは、「松井名刺の入った財布をスられたのは本当だ」と言ってたらしい。最初に刑事に聞かれたときは「置き引きに遭った」と応えているくせに。
 
けれども「アッ、スられた」が正しいのだ。法廷で佐藤夫妻がこう証言しているのなら、平沢は確かにその日、夫妻の前で「アッ、スられた」とやっている。
 
それは確かだ。にもかかわらず交番では、「近所で買い物をするときに気がついた」と言ったという。これも届にそう書いてあるわけだから確かだ。現金1万2千。今のお金で120万。そんな大金を盗まれたという話なのにその日のうちに、なんでどうして相手によって言うことが変わるのか。
 
チョココロネ症候群とやらで説明がつく? いーや、つかない。逮捕後には、
 
「スられたんです。本当です。佐藤さんの前で上着に手を突っ込んでそのとき初めて気づいたんです。信じてください。こればっかりはほんとうなんです。信じてください、信じてください!」
 
と一貫してるんだろう。どういうわけかこの点だけは、忘れっぽくてフィクションを加えないと気が済まないはずの平沢の記憶がシッカリしたらしい。言うことがいつも同じになったらしい。それ以外ではたとえばアリバイなんかでも、ほんとはあの日ここにいた、いやほんとはここにいた、といった具合に言うことが最後までコロコロ変わっていたそうなのに。
 
だがセーチョーは佐藤夫妻の証言を元に、スリの話を信頼できるものとする。松井名刺がそこに入っていたことも疑問の余地がないものとし、ゆえに事件の犯人では有り得ないことにしてしまう。平沢という男は人に借金をしておいて、ポケットに手を突っ込んで「アッ、スられた」というのをしじゅうやっていたと知りながら、このときだけは本当に返す気でいたのをスられたに違いないんだ、だって佐藤が法廷で、
 
「掏られたのはほんとうだと思った」
 
と証言しているのだから! だから松井名刺はそこに入っていた! だから事件の犯人じゃない! これほど確かなことがあるか! これほど確かなことがあるか!
 
とセーチョーは主張する。佐藤の証言に疑いを持たない。疑いを持つこと自体を自分に許さない。
 
当然だろう。スリの話が本当でないなら、松井名刺は盗まれていないことになり、それはそのまま平沢が帝銀事件の犯人で間違いないことに直結するのだから。物理学でmcの自乗がEになるようにこの事件では必ずそうなる。《平沢以外に犯人がいないから犯人》と言うのでなくて《スリの話が嘘なら平沢が犯人》となって完全証明なのだ。
 
そうだろう。だから平沢は検事にも、自白した後でさえもしばらくはスリに遭ったのは本当だと言い続けた。遠藤誠はオーケンにただハイハイハイハイと応え、ミゾグチなんとかはスリではなくて置き引きに遭ったように話を変えた。
 
作品名:端数報告 作家名:島田信之