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もっとも危険な本番台本


 
皆様ドーブラエウートラ。前回はアラン・ドロン主演の映画『サムライ』の話をしましたが、あれを見ている人いますか。まあ一応は名作扱いされてる映画じゃありますけど、しかし一体あれはどこがサムライだというのでしょう。そこがおれには見てわからない。主人公は殺し屋らしいが、なんで殺し屋しているのかも見てサッパリわからない。
 
アフェリエイト:サムライ
 
人を殺ったらその足で、サッサと街を出ればよさそうなもんなのに、なんで賭場になんか行きカードをやるかも見てわからない。それをやってりゃ捕まるとわかんねえのかこいつはよお。盗んでナンバー取っ替えたシトロエンがあるんなら、そいつで街を出ていけよお。『深夜プラス1』って小説の主人公が真夜中過ぎにシトロエンで走るみたいに。
 
アフェリエイト:深夜プラス1(電子書籍)
 
と考える私は日本人なのに、侍の心がないんでしょうか。
 
かもしれないけど、映画『サムライ』の主人公は殺しの後でカードゲームをやっているから捕まります。カードと言えば名刺もまた英語でcardと申します。〈帝銀事件〉の平沢は、『のほほん人間革命』の前回の続きを引用すると、
 
   *
 
遠藤「見えてきますよ、そりゃそうだよ」
大槻「あと、もうひとつなんですけど、まずどこで、捜査線上に、平沢さんがうかんだかといえば、ナゾの名刺事件というのがあったそうで……」
遠藤「〈松井蔚医学博士〉という人物の名刺ね」
大槻「つまり、帝銀に薬を持ってきた人が持ってた名刺ですか?」
遠藤「いや、帝銀事件の予行練習として犯人がやった昭和二十二年十月十四日の安田銀行荏原支店事件(未遂)の時に、犯人が荏原支店に置いていった名刺」
大槻「で、その名刺を調べていくうちに何枚か怪しい名刺があったと」
遠藤「ハイハイハイ」
 
   *
 
と書かれて、これに遠藤誠みずからのことこまかな解説として、
 
   *
 
【松井蔚医学博士】当時は厚生省予防局勤務の厚生技官。帝銀事件の予行演習として犯人がやったとみられる一九四七年十月十四日の安田銀行荏原支店事件(強盗殺人未遂)の時に同支店に残された名刺の持ち主。最初、容疑者と疑われたが、アリバイがあったためシロとなった。その後、松井が名刺交換をした数百名のうち、一九四八年八月、北海道函館から青森に向かう青函連絡船の中で名刺を交換した平沢氏が犯人とされた。
 
アフェリエイト:のほほん人間革命
 
というのが付いている。ただし、《数百枚》と書いてあるのは水増しもいいところで正しくは同じものを100枚刷り、うち93枚(『刑事一代』では128枚となっている。こっちが正しいのかとも思うがよくわからない)を交換した相手のひとりが平沢。それから《一九四八年八月》とあるのは1947年4月の間違い。全然違うぞオイ。
 
とにかく帝銀事件の3ヵ月前、そっくりな事件があったけれどもカネは盗られず終わってるんですね。今回はその話です。
 
 
しかし、ここで遠藤が「予行練習」と言っているのはどういうこっちゃ。
 
 
これは事件全体の中で大きな謎であるんだけれど、やはりセーチョーの『小説』から引用するべきでしょう。ちょっと長くなりますが、
 
   *
 
 それは、前の年、つまり、昭和二十二年十月十四日の出来事で、狙われた銀行は、品川区平塚、安田銀行荏原(えばら)支店だった。その午後三時過ぎ、閉店直後の同銀行に、一人の男が現れ、渡辺俊雄支店長に、厚生技官医学博士松井蔚(しげる)、厚生省予防局、という名刺を出した。支店長が会うと、彼は言った。
「茨城の水害で悪疫が流行したので、現地に派遣され、くたくたに疲れて帰ってきた。ところが、今度は、水害地から子供を連れて小山三丁目のマーケット裏の渡辺という家に避難してきた夫婦者が、赤痢にかかり、そこから集団赤痢が発生したので、消毒のため、GHQのパーカー中尉と一しょにジープで来た。調べてみると、きょう午前中、そこの同居人が、この銀行に預金に来たのがわかったので、この銀行のオール・メンバー、オール・ルーム、オール・キャッシュ、またはオール・マネーを消毒しなければならない。金も帳簿もそのままにしておくように」
 ものの言い方は、威張った風ではなく、かえって叮嚀(ていねい)なくらいである。
 この「くたくたに疲れた」という言葉を、支店長は「コタコタ」という風に、訛めいて聞いている。
 しかし、渡辺支店長は、慎重だった。彼はこっそり小使を、近くの平塚橋交番に行かせて問い合わさせた。交番の巡査はこの訴えを聞いて、さっそく自転車で小山三丁目あたりを探し回ったが、赤痢が出たような家がない。巡査が、銀行に行くと、その男は支店長の前にまだ立っていた。巡査の質問に男は答えた。
「そんな筈はないですよ。確かに三丁目のマーケットのところに進駐軍の消毒班が来ています。警察が知らないことはないでしょう」
 落着いた態度で、語調もしっかりしたものである。首を傾げたのは巡査の方である。もしかすると、自分の間違いかもしれない。巡査は再び、確かめるために銀行を去った。
 巡査が出たのを見送って、男は支店長に向って言った。
「予防のため全員これを飲まなければなりません」
 救急袋のようなズックの鞄から、高さ三、四寸、茶褐色の瓶と、無色透明の瓶をゆっくりした調子で取出した。それから、支店長、行員二十九名を集めて、各自の茶碗に、まず茶褐色の瓶から、茶褐色の液体を、およそ一・五ccばかり入れ分け、自分で飲んで見せたのち、全員に飲ませ、さらに二番目の液も飲ませた。のちの帝銀椎名町支店のときと同じである。
「もう消毒班が来そうなものだ」
 この作業が終ると、男は呟きながら、なお十分ぐらい立っていた。
「遅いからちょっと見てくる」
 と言ったのは巡査のことである。彼は通用口の方へ歩いて消えた。それきりである。再び、その姿は戻って来なかった。
 
アフェリエイト:小説帝銀事件
 
と、こういう次第。
 
遠藤は予行と言うが、予行ねえ。この一件では薬を飲んだ者達はみな後で気分が少し悪くなったけれどもそれだけで、そのまま仕事を続けたという。毒を飲ませたが効かなかった、あるいは命まで取る気はなく、吐いてのたうつ程度のつもりでいたのが素人ゆえにそれにも足りなかったと見るのが妥当な気がおれにはするが。
 
だが、遠藤にせよセーチョーにせよ、帝銀事件をGHQの実験だとする者達はこれを〈予行〉と見るようだ。彼らにすれば毒は青酸カリでなく青酸パリダカラリーでなければならないのであって、犯人はその正確な致死量を知る人間でなければならない。3ヵ月後の本番ではその致死量ギリギリを飲ませたからこそ成功したのであって、そうでなければ絶対成功しなかった。ゆえに犯行が可能なのは〈七三一〉の元隊員のみであり、それはすなわちGHQの人体実験だったことを意味するのだから、平沢貞通氏は無実なのだ。冤罪なのだ。というのだけが正しい考えになるので、彼らにとってこの10月の一件は予行練習でなければならない。
 
うん、わかります。しかしねえ……。
 
作品名:端数報告 作家名:島田信之