小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち 3

INDEX|8ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 

第十六話 生きる目的をめぐって


 通学路の一部である海沿いの遊歩道を、三智と一緒に歩いている。

「用事あったんじゃなかったのかよ」
「あったらこうやってマサ樹と歩いてなくない?」

 三智は何やら難しい顔をしている。こいつらしくない。

「どうしたんだよ、難しい顔して。まさか茶波ちゃんが嫌いなのか?」

 海沿いのせいで、海風がヒュウヒュウ吹いている。手がかじかんでクソ寒い。

「……かった」
「え? 聞こえなかった、もう一回言ってくれ」

 三智は立ち止まり、俺の目を真っ直ぐ見る。
 なぜか、ちょっと目が潤んでいる。

「見えなかった!」

 勢いをつけて放たれた言葉。三智は地面に向かって叫んで、そのまま顔を起こさない。

「み、見えなかったって」

 あ。そう言えば部室で三智だけが茶波ちゃんに話しかけてない。友達製造機の三智が初対面の人に話しかけないなんて、妙だ。

「他の部員には見えてた。お前にだけ見えないって変だろ」
「あたしには見えなかった、嘘じゃないよ!」

 強い口調で言われる。責められているわけではないのに、俺は三智に小さな恐怖を抱いてしまう。長年にわたって抑圧・支配されているためだ。

「あたし、心が見えるとか信じらんない。現に見えなかったし。普通に考えてみなよ。心なんて見えるもんじゃないよ。概念的なものっていうか、形無きものでしょ。マサ樹だって本当は分かってるでしょ、そんなこと」

 改めて言われたら、何も否定できない。心が見えるなんて超常現象じみたことを、あっさり受け入れられるのは普通無理だ。人の心が見えるなんて、どう考えても常軌を逸してる。

「でも茶波ちゃんは、嘘をついているようには見えなかった」
「幼馴染より知らない人を信じるんだ、へえーっ。見えない他人なのに」
「そんな言い方するな」

 俺自身は、茶波ちゃんが身体から逃げ出した心であることにそれほど疑念を持っていない。でも、俺が茶波ちゃんと話すとき、俺は茶波ちゃんを心だなんて思ってない。身体のある一人の人、そう思っている自分がいる。

「もしその子が心ならさ、身体は今何してるわけ? 心が抜けた身体ってどういう状態なの? それって、脳が死んでるから死人ってことなわけ?」

 強い口調のまま溢れ出る質問。俺はそれらに、何一つ答えられない。
 自分の生活において、常に心が存在してるなんて自覚は無い。映画やアニメ見て感動したり、痛ましい事件を見聞きしたり、そういった刺激のある出来事を体験したときじゃないと、心、というものを自覚することは難しい。歩いたり、食べたり、勉強したり、掃除したり、そういった些細なことをしている大半の時間、本当に自分の中に心なんてあるのだろうか。
 だが、そんなこととは関係なく、茶波ちゃんという「心」は俺の目に見えた。東浜美駅のホームで、全身から黄緑色の光を発する茶波ちゃんを引き上げた、あの日から。

「三智、俺、見つかった気がする」
「は? いきなり何?」

 あからさまに眉を顰めて、怪訝そうに尋ねる。

「生きる目的」
「……」

 顰めていた眉をさらに顰めて、閉じた唇をピクピクさせている。ものを言った瞬間に手が出そうな勢いだ。でも、言わなきゃならない。

「茶波ちゃんは何かに苦しんでいる。その苦しみって、なんとなくだけど、俺に解決できそうな気がするんだ。花瓶の水を換えるだけの人生、草を引くだけの人生。そんなの生きてるって言えるか? 心だけが苦しみから抜け出して、はるばる遠くから来たとしたら、その心が見えて、分かってあげられる人間が動くしかないだろ。だから俺は」

 大きく一つ、息を吸う。

「茶波ちゃんのために生きる。それを生きる目的にする」

 思いのほか、低くて大きな声が出た。波の音がする中でも響き渡るほどに。

「じゃあ、あたしはその目的、壊すから」
「えっ⁉」

 低くて小さな声で返された。俯いて、表情さえ読めない。

「壊すって……花瓶の水換えじゃないんだぞこれは! やっと見つけた大きな目的だ!」

 三智は、俺から生きる目的を失わせる人間だ。俺に新しい目的を探させるために、俺の見つけた新しい生きる目的を、次々と壊すのだ。
 だがそんなお遊びは、目的が小さい場合じゃないといけない。生きる目的に据えるには小さすぎる目的を、数を多くすることによって肥大化させ、全体として大きな目的と見なす。それなら目的を破壊する行為は意味があるかもしれない。あるいは、何かを発見するという行為を生きる目的に据えるというのであれば、破壊の意味はある。
 でも今の俺の目的は、そういうんじゃない。

「何、生きる目的って。そんなに生きる目的が欲しいわけ? 目的がなきゃ生きていけないわけ? それ、おかしいと思わないの?」
「三智……」
「そんなこと思ってるから、『なんで生きてるんだろう』なんて言っちゃうんだよ! なんで、とか、そんなのどうだっていい。普通に生きてればいいだけじゃん、なんでそれを不必要に難しく考えるの? 考えないでよ! マサ樹は恵まれてないわけじゃないんだから!」

 言い終えて、無音になった。刹那、波の音が耳に入る。
 俺は、思い出した。小学校のころ一度だけ、三智に怒られたことを。一緒に「きのこの丘」を食っていた時、何の気なしに「なんで生きてるんだろう」と言って、それで三智に怒られたんだった。どうしてそんなに怒るんだろう、と思いながら、俺はすさまじい剣幕に怯えていた。剣幕が怖くて、剣幕だけしか覚えていなかった。内容をずっと忘れていたというのに、今更思い出した当時の内容は、今さっき言われた内容と全く同じ。「なんで、とか、どうだっていいの! あたしと生きてればいいの!」、そう怒鳴られて、怯えていたんだった。
 でも、いくら三智に怒鳴られたって無意味だ。なんで生きてるのか、その疑問は、生きている限り立てることのできる疑問。生きる目的を得ようとするのは、生きている理由が生まれるから。それに、三智は……っ

「お前は友達が大量にいるから、そういうこと考える暇が無いだけだろ。周りにたくさん支えてくれる人がいるから、自分で柱を建てる必要が無い。お前は、俺の知らないところで散々楽しんで、そんな生活全部が柱になってんだよ。でもな、俺はお前みたいに楽しんではないんだよ。嫌なことしかないってわけじゃないけど、楽しいことなんて少ししかないんだ。生きていくための楽しみを十分に得られないから、目的に頼ってんだよ!」
「美化部の皆といるときも楽しくないってわけ?」
「心から楽しいかって言われると、分からない。けど生きる目的があれは、楽しくないときだってそれに縋《すが》ることができる。お前が楽しい生活送ってる時、俺も悲しくない生活を送ることができる。それの何が悪いんだ!」
「何それ、意味わかんない。大体あたしがいつも楽しいって何? 決めつけないで! 生きる目的なんかに縋るとか言って、本当は現実逃避したいだけでしょ? 惨めな自分が嫌だから、自分を見ないで目的見てるだけでしょ? そんなの間違ってるよ! あたしは絶対壊すから。あんたのバカみたいな、生きる目的ってのを」
「生きる目的を壊すことで、新たな生きる目的を探させるんじゃないのかよ」