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小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち 3

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第十一話 部室内における健全な会話


 美化部では土曜日の朝に近所の草引きを行うという風習があり、部員は全員強制参加。特別な事情が無い限り休んではいけないという固い掟が受け継がれていて、それはどこか礼拝にも似ている。部員は朝八時くらいに部室へ集まり、軍手や鎌、草刈り機を持って、部長であるレコミが決めたポイントに赴く。去年は各々で決めていたポイントだが、今年はレコミが「この部には連帯感が欠けているわ!」などと勝手なことを言って、部員の結束を図るべく揃いも揃って同じポイントに赴いている。

「おつかれさんでーっす」

 三智が俺よりも先にドアを開ける。それだけなのに、なんか嫌だ。

「おー、三智さんアット部室。室内が一瞬でイイ匂いに満たされた。驚異」

 鎌を洗っていたジャージ姿の杏子さんが真っ先に反応する。いつも平坦な眉尻は僅かに垂れ、茶色なウェーブヘアが空気中にモップをかけた。

「三智、またマサ樹起こしてたの? いい加減に一人で起きさせなさいよ!」

 軍手のほつれを切っていたジャージ姿のレコミは開口一番に三智を罵る。それは嬉しい反面、レコミも三智の友達という集合に属しているため、知られたくもない俺の恥ずかしい事情を知っているのだ。

「だああっ! 崩れた!」

 ちっちゃくて丸っこいネオジム磁石を積み上げ、タワーを建造していたジャージ姿の丸坊主。今まさに、完膚なきまでに崩壊したところだ。

「ちょ、何やってんの! 散らかしてんじゃないわよ! もうちょっとで草引きに行くっていうのに、なんで仕事増やすのよ!」
 
 金髪を揺らし、両手の拳を小刻みに上下させ、ムスムスしている。

「前からやってるよねー。いい加減飽きないの?」
 
 マグネットを二つ取り、指を挟んで遊び始めた。
 
「片付けるっつの、そうビービー喚くなチビ。あ、三井浜さんに言ったんじゃなくて、えーと、なぜか飽きないっすねーはははー……」

 五色が三智をどう思っているのか、俺はよく知らない。ただ、毎度毎度低姿勢になってしまっていることからして、多かれ少なかれ恐れを抱いていると思っている。五色と俺が真剣に三智の悪を議論したら、おそらく一日じゃ足りない気がする。まあ、どこで聞かれているか分からないという恐怖があるからそんなこと絶対しないんだが……。

「チ、チビですってぇぇ! わたしはこれから大きくなるのよ! そんなことも分からないのかしら⁉」

 うるさい。チビと言われて我慢ならなかったのか、五色に殴りかかる。しかし元野球部、運動神経は人一倍優れているためだろう、いとも簡単にレコミの頭をキャッチして、彼女の猛進を妨げる。ぶんぶんと空回るのは、五色を一発でも殴ろうと必死の形相をした部長の腕、二本。毎度このパターンだ。
 現在時刻は午前七時五十七分、これからポイントに向かえば、到着時刻は間違いなく八時を過ぎるため、遅刻確定である。これが美化部のデフォルトだけど。

「まったく! マサ樹、今日もあんたのせいで遅刻だわ! 今までに一度も八時に着いたことないじゃない!」
「ご、ごめんなさい部長。本当に朝が苦手なんです」

 ちっちゃい部長に頭を下げる。これはこれで別種の屈辱だ。

「今日はいろいろあったし。ねっ?」

 三智が耳元で囁く。それだけなのに、あの首筋の甘い味が舌の上で踊り始め、背筋がゾクっとする。

「五色、マグネット全部拾ったかしら? え、もう開始時間の八時じゃない!」
「はっ。まだ五十九分だっつの。いちいちうっせえな」
 臆することなく対峙する五色。俺はそんな彼を心から尊敬している。
「三智! 早く着替えなさ……あれ? 着替えてるじゃない! 相変わらず着替えが早いわね、褒めてあげるわ!」
「ありがとうレコミちゃん~。早着替えが取り得だからね~。おーよしよし」
「や、やめなさぁい! 子供扱い禁止イ!」

 レコミに抱きつく三智。まるで母と子だ。
 三智の得意分野、早着替え。女のくせに着替えが信じがたいほど高速なのだ。光速《ライトスピ-ド》なんじゃないかってくらい速い。つくづく無駄な特技だと思う。その一方で長年、もしやここに友達を大量に作る秘訣があるのではという疑いを抱いている。

「はいはい、それじゃみんな道具持って。そろそろ行くよー」

 当たり前のように仕切る三智。手には鎌を持っていて、俺の方を向けている。毎回こういう陰湿な嫌がらせ行為を楽しむこいつにも、少しずつ慣れてきた。

「ちょ、わたしが仕切るのよ! 待ちなさい三智! 勝手に行動するなぁ! もーーおぅ!」

 レコミですら調子を狂わされる日、それがこの草引きの日なのだ。

「おいマサ樹」
「ん? どうした」

 何やら尋常ならない様子で耳元で呼ばれる。背筋は全くゾクゾクしない。

「(小声)オレ三井浜さんのムネ見ちゃったんだけど……デカくね?」
「(小声)お前バレたら殺されるぞ」
「(小声)乳がデカかったから目が向くだろ。男なら。あんなおっぱい持った幼馴染に起こしてもらいたかったぜ」
「(小声)バカ言うな、お前には分かんないだろうけどな、あれは性的な意味で拷問なんだよ。決してお前の想像してるような楽園じゃない」
「(小声)は? 性的な拷問ってお前……まさか朝セッ●スで起こしてもらってるのか? おい! ざけんな! 俺より先に童貞卒業してたんだな、おい!」
「(小声)落ち着け。あんなのと本番ヤッたら身が持たないに決まってる。そんなの想像つくだろ、何年も抑圧されてきたんだ、きっと搾り切ったら俺を食い始めるんだ」
「(小声)そこまで怖いのお前の幼馴染……カマキリみたいだな」
 やっぱり、五色とは三智の悪について議論したい。来る時に思いをはせながら、五色が撒き散らしたマグネットを拾っている。
「(小声)いや驚きですね、マサ樹君が朝セッ●スで起こしてもらってたなんて」
 ぎくりとして振り返ったら、後ろに散らばったマグネットをせかせかと拾う杏子さんがいた。
「あそこまで積極的な女子もなかなかいませんからね。男子のそんなものを拝見するなんて、医学的関心を持たなければ到底不可能だと思うんですがね。ワタシには永遠に縁が無いですよ、不潔ゆえに」
 背中を丸めてしゃがみ込み、せっせと拾う。平坦な眉は、無個性の境界を越えて逆に個性。木の実を拾う田舎娘にも見える。
「きょ、杏子さん……いたんだ」

 五色は拾う手を止めて、まえから想いを寄せている医学的関心の無い先輩に動揺し始めた。

「セッ●ス自体には興味があるんですよ。男の人の大きな体で包まれるという感触は、布団やその他類似品で包まれるのと何が違うのか、あるいは男の人がどれだけこんな無性欲のワタシを改造できるのか。そもそも性欲という概念をあまり正しく理解していないので、たかが口同士の粘膜接触で何が気持ちいいのかと思うのです。妊娠するならキスが必要でしょうが、でも望まぬ妊娠のために、男の人に包まれて口と口を合わせる行為なんて、人生を台無しにする行為だと思うのです」
「「……」」

 この人はすでに推薦で大学に合格している。まさか、今のはキツめの冗談だろう。

「あの、恐れながらなんですけど、杏子さんって保健の授業には」