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『イザベラ・ポリーニの肖像』 改・補稿版《前編》

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「ニューヨーク市立美術館の館長にこんなことを言うのは釈迦に説法ですが、実物はそれ以上ですよ、初めて見た時、私は息を呑みました、『幻の名画』であるだけはなく『世紀の名画』と言っても過言ではないと私は思います」
 フォークはジョーンズの言葉に頷いて、写真をマンシーニに廻した。

「なるほど、これは素晴らしい……蔓バラをバックに描かれていますが、彼女の美しさの前ではどんな花も恥じらって萎んでしまいそうですな……確かにこの絵であれば描写するだけで短編が一本書けそうだ」
 マンシーニはそう言って、写真をホワイトヘッドに廻した。

「なるほど……確かに彼女の美貌は特別なものだが、それだけではなさそうだ……この輝きは恋する乙女のものかも知れませんね」
 ホワイトヘッドはそう言って写真をジョーンズの前へと滑らせて戻し、テーブルの上に手を組んで言った。
「そろそろ種明かしをしてくれませんか……あなたが館長と会うのは何の別段不思議もない、だが小説家と映画監督も同席しているのには何か理由があるのでしょう?」
「はい、ポリーニ氏は私をフィレンツェのお屋敷に招いて、この絵をオークションにかけて欲しいと依頼されました」
「引き受けたのですか?」
「いえ、ポリーニ氏の希望価格では到底買い手がつかないだろうと……」
「ポリーニ氏はいくらで売って欲しいと?」
「二億ユーロ、アメリカドルなら二億二千万です」
「二億……」
「二千万……」
 あらかじめ知っていた館長を除く二人はその金額を聞いて絶句した。
「オークションの専門家として、その額はどうなんだね?」
 マンシーニが唸るように言う。
「言葉は悪いですが『べらぼう』ですね、プラッティの取引実績から言えば二千二百万ドル、特に傑作だと言うことを加味して妥当な額は五千五百万ドルと言ったところです、しかしご存じのように、この絵はごく限られた貴族しか目にしたことがなく、伝説的な美術館長が生涯かけて所蔵を望み続けて叶わなかった『幻の名画』であると言う物語が付いています、そんな絵画は他に類を見ません、その付加価値を考慮して一億一千万ドル、それが私がポリーニ氏に提示した額です」
「それでも一億一千万ドルか……いや、しかしそれだけの価値はあるのかもしれないな、一目見て短編が一本書けそうだと思えるような絵は他にはない、あるとすれば『モナ・リザ』くらいのものだ」
「その短編を読んでみたいものだな、映画化しても良いものが撮れそうだ」
「しかし、ポリーニ氏が要求しているのは二億二千万ドルだろう?」
「私はイギリス人なので野球のボールがいくらくらいなのか知りませんが……」
「私も詳しくは知らないが、せいぜい十ドルかそこらだろうな」
「しかし、ベーブ・ルースがホームランをかっ飛ばしたボールだったら?」
「さあ……ベーブ・ルースの時代のことはわからないな、しかしマグワイアの七十号ホームランのボールは確か二百七十万ドルだったはずだ」
「つまり、二十七万倍になった……」
「待ってくれ、それと同じとは言えないだろう?」
「しかし、記念のホームランボールであると言う事実が値を吊り上げたと言う点では同じではないですか? つまりは付加価値が付いたと言うことです」
「だが、桁が二つも違う」
「確かに……しかし私がお話しているのは一億一千万を二億二千万に……わずか二倍にしようと言う話なのです」
「だが、そもそもこの絵には既に付加価値が付いている、門外不出だったと言うのだから別の物語は付いていないはずだ」
「ですから、これからつけるのです」
「でっちあげるのか? そんな話なら乗れないな」
 マンシーニは明らかに不服そうに言った。
「でっちあげるのではありません……ホワイトヘッドさん、先ほどあなたは恋する乙女の輝きだと仰いましたね? 私も同じように感じました、そう感じる人は私たちだけではないでしょう、そうお思いになりませんか?」
「確かに……それが事実かどうかは確かめる術もないが……」
「マンシーニさんはいかがですか? そうお感じになりませんでしたか?」
「感じたよ……つまりは想像すると言うことか……言ってみれば小説なんてものは想像の産物だからな……イマジネーションが湧いて来るのを感じているよ……ただ、彼女を主役にした小説を書くかどうか、結論は少し待ってくれ、そうだな……ひと月欲しい、その間に彼女について調べられるだけ調べて構想を練りたい」
「良いお返事をお待ちしております」
 ジョーンズが手を差し伸べると、マンシーニはその手をしっかりと握った、そしてホワイトヘッドが、さらにフォークが掌を重ねた。 
 フォークはこの話を持ち掛けた時から乗り気、ホワイトヘッドもマンシーニが小説を書いてくれさえすれば映画化することに異存はないはずだ、鍵はマンシーニが握っている。
 そして、ジョーンズは大きな手ごたえを感じていた、マンシーニの握手に籠った力がそれを物語っていたのだ。