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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導士ルーファス(1)

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角笛を吹き鳴らせ3


 暮れる空が照らす遥か先まで続く連峰。
 白銀の大地を彩る朱。
 まるでそれは黄昏の海のように輝いていた。
 白銀のドラゴン――その毛も今は朱く染まっていた。
 霊竜ヴァッファート。
 膨大な知識を強力な魔力を持つグレートドラゴン。
 ヴァッファートはアステア建国前から、この地方で信仰されていたドラゴンだった。
 全身を柔らかな羽毛で覆われたヴァッファートは、その巨大を揺らして体の雪を払うと身を起こした。
 鳥のようなつぶらな瞳で小さき3人を見下ろした。
「わしになに用だ、クラウス・アステア?」
 玲瓏な女性のような声には魔力がこもっている。まるで言葉を発するだけで、呪文を唱えているようだ。
 クラウスは一歩前へ出た。
「久しゅうございます、偉大なる守護者ヴァッファート」
「年に1度も顔を見せず、敬意の欠片もない愚かな王が、わしを偉大と申すのは皮肉か?」
 威圧的な声音であった。
 ビビはルーファスにそっと耳打ちをする。
「なんか怒ってない?」
「うん(ここで角笛壊しましたなんて言ったら殺されそうだなぁ)」
 壊したのはルーファスだが、クラウスまで被害に遭いそうだ。
 すぐにクラウスは訴えかける。
「決して我が国の守護者を蔑[ナイガシ]ろにするような真似は……」
 言葉に詰まるクラウスからは焦りを感じられた。
 国王と言ってもまだ15歳。
 躍進を続ける国の繁栄を担い、勇敢にも魔物の支配地域に自ら乗り込む王であっても、古い時代から生き続ける知識と力を持った者の前では、王と言えど一人間として畏怖しざるを得ない。
 ヴァッファートは首を伸ばしクラウスに近づき、呑み込めるまでの距離まで迫った。
「貴公の噂はいくつも風の便りで聞く。急死した父の意思を継ぎ、幼くして即位した貴公の重責はわからぬでもないが、わしに会いに来る時間すらも作れぬというのは、言い訳にしか聞こえぬな」
「申しわけ御座いません。余が驕[オゴ]っておりました」
 深々と頭を下げるクラウスを見ながら、再びビビはルーファスにそっと耳打ちをする。
「べつにクラウスが驕ってるなんて思ったことないけど。あのドラゴン、会いに来てくれないもんだから、ちょっと拗[ス]ねてクラウスに当たってるだけじゃないの?」
 その言葉が聞こえたのか、ヴァッファートはピクッと身体を振るわせ、ビビを眼中に収めた。
「そこにおるのは、アズラエル帝国の第一皇女シェリル・ベル・バラド・アズラエルだな?」
「えっ、アタシのこと知ってるの?(うっ、目つけられた)」
「出来の悪い不良娘だと風の噂で聞いておる」
「ッ!? アタシのどこが出来の悪い不良なのーっ!!」
 顔を膨らませてビビは怒りを露わにした。
 ヴァッファートはルーファスにも目を向けた。
「そこにおるのは、赤の一族と名高いルーファス・アルハザードだな?」
「私のこともご存じなのですか?」
「へっぽこ魔導士だと風の噂で聞いておる」
「うっ、へっぽこって……」
 そして、ヴァッファートはクラウスを中心に3人を瞳の中に収めた。
「長らく顔を見せなかった貴公がわしに会いに来たということは、よほどのことがあったと見える。それも建国記念日の前夜にというのも、なにか事に絡んでおるのか?」
 クラウスは息を呑んだ。
「正直に申し上げます。〈誓いの角笛〉が跡形もなく壊れてしまいました」
 次の瞬間、大地が震えどこかで雪崩が起きた。それはヴァッファートの咆吼で引き起こされたことだった。
「愚か者め!」
 ヴァッファートの怒号が連峰を木霊した。
 一番震え上がったのはルーファスだ。
「(僕がやったなんて言い出せない……絶対殺されるよぉ)」
 凍り付くルーファスを背に据えてクラウスが深々と頭を下げた。
「余の迂闊[ウカツ]さが招いたこと。すべての責任は余にございます」
 ルーファスとビビが同時に声をあげる。
「「えーッ!?」」
 ルーファスの『ル』の字も出てこなかった。
 なにも言い出せないでいるルーファスの脇腹をビビがど突いた。
「ルーちゃん!(自分がやったって言いなよ!)」
「うっ……(言えないよ、言えるわけないよ)」
「ルーちゃん!!(いくじなし!)」
「あの……その……」
 口ごもるルーファスにそっと顔を向けたクラウス。
「ルーファスは何も言わなくていい」
 3人のようすを見ていたヴァッファートの眼が輝いた。
「なにやらわしに隠し事があるようだ。まさか、〈誓いの角笛〉を壊したのは、ルーファスではあるまいな?」
 グサッ、グサグサグサッ!
 ヴァッファートの言葉がルーファスの胸をグッサリ射貫いた。あまりの恐怖にルーファスはガクガクブルブルだ。
「いや、その……ぼ、僕がやりましたごめんなさい!!」
 ルーファスは恐怖で膝が崩れると同時に、そのまま土下座した。
 鋭い眼でヴァッファートはルーファスではなく、クラウスを睨み付けた。
「わしに嘘をついてまで、王である貴公が身分の違うただの男をなぜ庇[カバ]うた?」
「それは王としてではなくひとりの人間として、ルーファスは大切な友だからで御座います」
 その言葉を聞いたルーファスは鼻水ダラダラで眼に涙を溜めていた。
「クラウスぅ〜(ホント良い友達を持ってぼかぁ幸せだなぁ〜)」
 急にヴァッファートが微笑んだ。
「ならばわしも友として王を許し、ならびにその友の行いも同時に許そう」
 その言葉にクラウスは少し不思議そうな顔をした。
「友として……で御座いますか?」
「そうだ、わしと王家は代々友として付きおうて来た。いつしかその関係も、そちら側は忘れてしもうたようだがな。〈誓いの角笛〉とは、友との誓いの証であった」
 それが壊されたのだ。
 しかし、ヴァッファートはそれでも友であろうと申し出たのだ。
 クラウスは沈痛な表情を浮かべた。
「恥ずかしながら、〈誓いの角笛〉という名は残っていても、その名の由来は今の王宮には残っておりません。これから友として良好な関係を築いていくためにも、なぜ王家に〈誓いの角笛〉を贈与してくださったのは、そのお話をぜひにお聞かせ願いたく存じます」
「文献という形ですら今の王宮に話が残うておらんのは、暴君ルイ国王の時代にすべての資料が焼き払われたからだろう。よかろう、今ここで再び物語を綴うて進ぜよう」
 ヴァッファートが語りはじめた内容は、アステア建国以前まで遡る。
 ――時は聖歴666年、一説には異世界に準ずる外宇宙からやって来た侵略者、大魔王カオスの時代。
 多くの国が魔王軍によって落とされ、生き延びた人々は難民となり世界を放浪した。
 その中のひとりに名を馳せた吟遊詩人の若い男がいた。それがのちにアステアを建国し、初代国王となったラウル・アステアだった。
 あるときグラーシュ山脈の麓[フモト]まで旅をして来たラウルは、美しいと評判の白銀の霊
竜ヴァッファートの噂を聞きつけ、ぜひに会いたいと願ったそうだ。
 しかし当時、大魔王カオスの呪いを受けていたヴァッファートは、グラーシュ山脈に誰も近付かせないため、すべてに死を与える猛吹雪によって閉ざした。そして、元々住んでいた生物は冷凍冬眠させていた。