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短編集63(過去作品)

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 決して太っているわけではなく、どちらかというスリムな感じの彼女だったが、最初、本田の方へ一度会釈しただけで、後は目を合わそうとしなかった。だが、ほんの一瞬のその笑顔に魅了されたのか、呑んでいても彼女のことが気になって仕方がない。
 カウンターの両端に男女が座っている光景は、スナックにはよくあることなのだろうが、その距離は実に微妙な感じがした。身体が小さく見えるわりには、横顔はそれほど遠くに感じるわけではない。それだけ意識しているからに違いない。
 彼女の前にはママさんが、そして、本田の前には娘のしおりちゃんがいた。しおりちゃんがいうには、
「彼女、婚約までしていたんだけど、相手の事情で、婚約を解消することになったんだって。それでかなり落ち込んでいるのよ」
 小声で耳打ちしてくれたが、その様子は完全に自分のことを話していることは、彼女にも分かったに違いない。
 事情が事情だけに詳しいことを聞くわけにはいかず、余計に彼女のことが気になってしまう。表情は硬いが、思い悩んでいるところまでは伺えない。かなり気丈な女性であるに違いない。
 ママさんも重たい空気を何とかしようとしていたが、お互いに喋ることなく、向かい合っているだけだ。さすがにそんな重苦しさにしおりちゃんが耐えられるわけもない。
 その日、彼女は三十分ほどで帰っていった。
「大丈夫かな?」
 入り口の扉が完全に閉まってから、本田が口を開いた。
「大丈夫でしょう。彼女、どちらかというと薄幸な方なので、ある意味慣れていると思うの。ちょっと可愛そうなところがあるんだけど、でも、性格がいいから、きっといいことが待っているに違いないと思うわ」
 その日は、彼女のことを大いに気になりながら店をあとにした。
 冷たい夜で、風も強かった。空気が乾燥していて、空を見れば雲ひとつない。
 空に煌く星が気になった。小学生の頃に習った天体を思い出していた。冬の代表的な星座であるオリオン座はすぐに見つかり、二つの恒星もたすきが掛かったように見えている。
「何て綺麗な空なんだ」
 今までほとんど星座など気にしたことがなかった。学校で星のことを習って空を見たことがあったが、あいにくと曇った日が何度か続いたために、それ以来空を見上げることもなかった。
 だが、その日見上げた空には見覚えがあった。それが最近見たものへの記憶なのか、小さい頃の記憶なのかそれすら分からない。だが、同じ空を見つめているという意識はあるのだが、明らかにその日の方が星の数は多かった。しかも明るい星は瞬くように明るく見えた。
 空を見上げながら歩いていると、前の道がかなり小さく見える。一直線の道で、角までは少し距離がある。それでも、視力がいいので、それほど遠く感じるわけではなかったが、その日は、かなりの距離を感じた。
 それでも空を見ながら歩いていると、あっという間に角までやってきていた。いつものようにそのまま曲がる。
 すると、少し違和感があるのに気がついた。
「おや、何か変だな」
 何が変なのか、すぐに気がついた。
「さっきと同じ光景ではないか」
 角を九十度曲がったのだから、空に見えている星座の向きも変わるはずである。しかしさっきと同じようにオリオン座が左前に見えている。他の星も同じ位置になっている。
「こんなことってあるんだろうか?」
 またしばらく空を見ながら歩いていると、あっという間に次の角である。またしてもいつものように曲がる。
「まるで同じところをグルグル回っているようだ」
 またしても空には同じ光景が浮かんでいた。
 見上げた空に瞬く星、それを見ていると、歩いている感覚がなくなってきた。そのうちに気がつけば家に着いていて、
――今日は疲れているのかな――
 と感じた。普段からあまり視力のよくない本田は、夜になると特に見えなくなる。物理的にも夜が見えないのは光の屈折の関係で当たり前だと思っているが、急に見えることもある。
 信号機の赤い色や青い色が鮮やかに見える時、そして、街灯だけの道を歩いていて、先の方までくっきりと見える時、それはまるで視力がよみがえってきたかのようだった。
 雨の日の前などに同じようなことがある。それ以外では体調によるものの時が多い。雨が降る前などは、湿気があるためか、石のような埃のような匂いが立ち込めることがある。
 空にある雲は、元々地面に入り込んでいる水が水蒸気となって温められ、空に戻ってできたものだ。特に前の日はカラッと晴れていた時などは、アスファルトから蒸発する水に埃が混じっていたりして、匂いがついてしまうのだろう。
 着いた埃の匂いはいつも大体同じである。
――明日、雨が降るな――
 そう思った時は、若干身体が熱くなることがある。そのまま微熱が出ることもあったが、それは小学生時代までだった。
 苛められっこだった小学生時代、身体もあまり強い方ではなかった。特に水や潮に弱かった。
 ちょっと横殴りの強い雨に当たったりすると、次の日には微熱を出していた。また、休みの日に海などに家族で行くと、日帰りだったりすると、その日の夜に、微熱を出していた。
 少しでも熱があると、学校を休んでいた。微熱くらいが一番きつい状態でもあったし、扁桃腺が肥大なこともあって、少しでも無理をすると、三十九度を超える熱が出てしまうこともあった。
 さすがに三十八度を過ぎると、身体がまともに動かない。起きていても頭がボーっとしているので、本当に起きているのか分からないことがあった。
 ここまで来ると、ほとんど何も見えなくなってくる。焦点が合わなくなってくるし、遠近感がまったくつかめない。完全に暗闇に入り込んでいる感覚だった。
 微熱の時は、身体の感覚がある。しかも、敏感である。風が通っただけでも、ゾクゾクする感覚は、神経を頭に集中させようとするからだろうか。
 集中させた神経は実に敏感で、視力が一瞬でも戻ってしまうと思うのも考えられないことではない。それよりも、意識の中で、
――綺麗に見えるはずだ――
 という思い込みが、大きく影響している。
 信号や星空も同じである。その日、信号が鮮やかだったのは分かっていた。アルコールが入っていたから、信号が鮮やかに見えたのも理由は分かっていた。
 だが、よく、星空が綺麗に見えると分かったものだ。綺麗に見える星空を見ていて思いだしたのが、小学生の頃のことだった。
 母親の使いで、親戚の家に行った時のことだった。少し田舎で、帰りが不覚にも遅くなってしまい、あいにく車が修理に出しているとかで、台車も息子さんが乗っていってしまっていて、駅までは一人で歩くことになった。
 真っ暗な道だったが、とりあえずは街灯もついているので、怖くはなかった。とりあえず懐中電灯を借りたので、だいぶ違う。
 歩いていて、空か台地かがよく分からなかった。遠くの方には少し黒くなったものが横たわっているように見えたが、どうやら山があるようだ。
「このあたりは平地で、農家には適しているからね」
 昼間、そういって、おじさんがあたりを見渡していた。夜になると、ここまで不気味になるとは思ってもいなかったが、夜の山は昼間よりも近くに感じられて、実に不気味であった。
作品名:短編集63(過去作品) 作家名:森本晃次