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年末年始

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2:切符という名の難関



 住まいであるアパートの最寄り駅から20分ほど在来線に乗り、新幹線の乗車駅へと克樹は足を運んだ。年の瀬だけあって、克樹と同じ帰省が目的と思われる人々が、砂糖に群がる蟻のように続々と集っており、駅構内は師走の厳しい寒さを遥かに凌駕する人いきれに包まれていた。
 克樹は、自身の足がなかなか実家へと向かない理由の一つである、新幹線の券売機の前に立っていた。口にするのも憚られる話なのだが、彼は新幹線の切符のシステムを正直よく理解できていないのだ。
 特急券と乗車券という2種類の切符がある、ということは何とか理解している。そこまでは良い。だが、なぜ新幹線に1回乗るのに、2枚も券を買う必要があるのかが分からないのだ。恐らく、それぞれの券の用途が分かっていれば、そんな疑問を持つことすらないだろうと思われるが、それを調べようと思うのは券売機の前に立ったときだけなのだ。後ろの人の『早くしろ』という無言の圧力に狼狽しながら切符を購入し、一息ついていざ調べられる段になったら、けろりとそのことを忘れてしまう。そして、再び券売機の前に立ったときに調べておかなかったことを後悔する。前述したように克樹はこういうずぼらな男なのだ。
 そしてここから先がまた一筋縄では行かない。というのも理由は分からないが、時々券1枚だけでも乗れてしまうことがあるからだ。かなり前に帰省した際、券売機から券が1枚しか出てこなかったことがあったが、そのとき克樹は、駅の構内で困り果ててしまった。確か2枚ないと自動改札を抜けられないはずだろう。券売機の間違いだろうか。それとも1枚だけでも良くなったのだろうか。
 普通の人ならばこういう時、駅員に一言「この券で乗れますか」と尋ねれば良いと考えるだろう。実際その通りである。だが克樹は、そんなことはできないタイプの人間だった。ありていに言ってしまえば、彼は無駄にプライドの高い男なのだ。
 克樹は仕方なく、緊張の面持ちでその1枚の切符を自動改札に滑り込ませた。もしや、警報がなってそのまま駅員室に拘束されるんじゃないだろうか、本気でその可能性を考えていた克樹の目の前で、処理を終えた1枚の切符はシュルンと半身を飛び出させ、停止した。
 だが、そこから先にも克樹の身には苦難が待ち受けていた。新幹線に乗り、座席から漫然と窓の外の景色を眺めていた際、前方から聞こえてくる声に気付いてしまったのだ。
「えー、乗車券を拝見しまぁす」
声に気づいた瞬間、腋の下からねっとりとした汗が噴き出してくるのが分かった。係員がここに来るまでに、まだ幾らか時間はかかるだろう。しかし、降車駅に着くまでにこの係員は、確実にこの場に着いてしまう。
 どうしよう。座席を移ろうか。だが、今露骨に席を替えたらさらにまずいことにならないだろうか。ならばトイレへ? いやそれもわざとらしい。じゃあ寝たふり? 克樹は係員に乗車券を見せずに済む方法を模索した。しかし、どれもこれもこの気の小さな青年には大それたことばかり。そんな風に思い惑っているうちに、いつの間にか係員は克樹の元まで辿り着いてしまった。
「お手数ですが、乗車券を拝見いたしまーす」
ここに来てやっと、克樹は腹を括った。お金はちゃんと余分に持ってきている。仮に券が足りないとしても、今ここで券を購入するだけのお金を支払うことができるのだ。それに、ちゃんと自動改札も抜けてきている。仮に不正乗車だったとしても、怒られるいわれはない。むしろ、こちらが鉄道会社の不備を怒っても良い状況だ。普通の人ならば、即座に辿り着くであろうこの境地に、克樹はこの期に及んでやっと行き着いたのだった。
 1枚の切符を差し出された係員は、無表情で事務的にはんこを押す。そして形式的な
「ありがとうございましたー」
という言葉と共に後ろの席へと移っていった。この日、克樹はここにきてやっと、安息の時間を手に入れたのである。
 そんな、以前実家に帰ったときの大事件(少なくとも克樹の心中では)を思い返しつつ、克樹は切符を購入する。今回も枚数は1枚。そして今回も克樹は切符を購入した途端、2種類の切符の用途や1枚でも済む理由を調査するという宿題を、完全に脳内から葬り去ってしまったのだった。


作品名:年末年始 作家名:六色塔