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夢先継承

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 この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。ご了承願います。

                  音を気にする少女

 中学時代には、目立つことなどしたことがない少女が、高校生になって急に目立ちたがりになるというのは、それほど珍しいことではないだろう。ただ、目立とうとしても実際にまわりが注目しなかったり、タイミングの悪さからか、滑ってしまい、まわりに顰蹙を買ってしまうことで、最初の意気込みとは裏腹に、急におとなしくなってしまいそうになる。
 そんな人は目立とうと思ったことさえ、まわりに悟られることもなく、最初から影のような存在にしか思われていないだろうから、目立とうと感じた人は、実際にはもっとたくさんいたに違いない。
 そこに男女の差はないのだろうが、女の子だとすれば、そんな女の子の存在に気付く男の子がいれば、その二人は運命のようなものではないかと考えるのは、メルヘンチックすぎるであろうか。
 彼女の名前は釘宮麗美、中学時代は目立たないだけではなく、極端にまわりから離れていた。そんな彼女が苛めを受けることがなかったのは、クラスに別のターゲットがいたことと、人と離れている距離が絶妙な距離感だったからなのかも知れない。麗美のことを鬱陶しいと思いながらも苛めに走る人がいなかったのは、その気になるまでに気持ちが冷めてしまっていたからだ。
 中学時代の麗美には親友がいた。名前を新宮留美という。
 留美は裕福な家庭に育った、いわゆるお嬢様で、いつもまわりに男の子が群がっているようなのだが、他の女の子から嫉妬を受けることのない得な性格だった。
「留美だったら、しょうがないか」
 と皆から言われていたが、留美本人はそれが嫌だった。
「まるで特別扱いを受けているようだわ」
 と言っていたが、そう感じるようになったのは中学二年生の頃くらいだった。
 それまでは、本当にお嬢様らしく、まわりから何を言われていても、言われていることにさえ気づかないほどの天然さで、そのうちに言う方が疲れてしまったのだろう。それが彼女の得な性格の象徴なのだが、言われなくなってから、逆に彼女の中で意識し始めるというのも、おかしなものだった。
 そんな留美と麗美が仲良くなったのは、偶然だったと言ってもいい。
 麗美は子供の頃からトラウマがあった。
「私は音に対して、いつも恐怖を感じているの」
 と、麗美は留美と知り合った時に話をした。
 この話は、誰にもしたことがなかった。親も知らないことだったに違いない。しかもこの話を留美にしたのは、留美と知り合ってから間もない頃で、留美がどんな女の子なのか分かっていない時だった。
――どうしてあの時、留美に違和感を感じなかったのかしら?
 音の話をした時、自分の中で
――この人に話さなければ、話す機会は二度と訪れない――
 とまで感じていた。
 留美と出会ったのは、小学校の帰りでのことだった。
 いつものように学校を出てからまっすぐに家に帰っている途中のことだった。
 麗美の住んでいる街は中途半端に都会で、そのせいもあってか、まだ田舎の道も残っていた。マンションが立ち並ぶ住宅街が駅前にあるかと思うと、少し離れたところでは、まだ田んぼが残っていたりと、完全な都会へのベッドタウンに変わってしまった今となっては信じられない光景が広がっていた。
 学校からの帰り道は、住宅街を超えてから、一度田舎道に入り、さらに少し離れたところにある住宅街へと差し掛かるところまでを通学路としていた。
 麗美が学校を出てから田舎道を通りかかる時間帯は、通る車もほとんどなく、ただ日差しが照りつけるだけの、夏の時期は虫の声と暑さで、耳鳴りがしてくるほどだった。
 ちょうどその時期もまだ夏の暑さが残った頃だったので、歩いていても汗ばむほどだったのを覚えている。
「バババババッ」
 と、遠くの方から音が響いてきた。
「何なの? あの音は?」
 恐怖から、一瞬身体が凍り付いた。
 一度噴き出した汗が一気に冷えてしまって、すべてが冷や汗に感じられた。
 身体の震えが止まらずに、萎縮してしまっている自分を感じると、恐怖が耳を通り抜け、暑さすら感じなくなっていた。
「バイクの音」
 ということが分かると、その音がどこからしてくるのかを探してみたが、探せば探すほど分からなくなっていた。
――どこからしてくるのか分からない音ほど、怖いものはない――
 というのが、麗美の思いだった。
 音に恐怖を感じるようになった時、一番怖いと感じたのが、出所の分からない音を感じる時だったのだ。
 後ろから音がしてくるような気がしたが、怖くて確認するだけの勇気を持つことができない。まるで背中からナイフで脅されていて、今にも突き刺されそうな雰囲気を感じているかのようなものだった。
 背中に、異様な汗が滲んでいる。その滲んだ汗に乾いた風があたって、冷たさを重たさが感じられた。
 冷たさよりも重たさの方が恐怖を煽った。後ろを振り向くことのできない恐怖と相まって、勝手に足が先に進もうとして、金縛りに遭っているかのような気がしてくる。
「バババババッ」
 もう一度、激しく空気を煽った。
 その音はずっとしているはずなのに、いきなり思い出したかのように空気の揺れを伴って恐怖を煽るのはなぜなのだろう。
 二度目は最初に比べて、そこまで恐怖を感じることはなかった。
 しかし三度目の轟音は、間髪入れずにやってきて、三度目の恐怖が、一度目よりも強かったことで、麗美の恐怖は最高潮に達した。
 完全に萎縮してしまってその場に立ちすくんでいると、今度は顔の横から、まるでカッターで切り裂くかのように猛スピードで走り抜けていくバイクの存在を感じた。
 そして、その時の音は最初の二回とは違った音で、風を煽る程度ではなく、地響きを感じさせるほどのものだった。
――もうダメだわ――
 何がダメなのか分からないまま、そう感じた麗美は、さっきまで忘れていた暑さが急にぶり返してきて、そのせいなのか、身体に噴き出した汗も感じるようになった。
 それまでの感覚が異常なのであって、これで元に戻ったと言ってもいい、そう思うとそれまで感じていた恐怖がウソのように感じられ、戻ってきた現実への感覚が、恐怖を煽っていた自分をウソであったかのように思わせた。
 しかし、本当の恐怖は次の瞬間に訪れた。
「バババババッ」
 またしても、音が響いた。
――どうなっちゃったんだろう?
 そう感じた瞬間に、自分の意識が遠のいていくのを麗美は感じていくのだった。
「ああああっ」
 目の前に蜘蛛の巣が張っているかのように感じられたその瞬間、昼間なのに夜のような真っ暗な光景が浮かんできた。
 それなのに、蜘蛛の巣が張っているように感じられたのはどうしてだろう? 一緒に感じたわけではなく、最初に蜘蛛の巣を感じ、そしてその後に真っ暗になっていくのを感じたのではないだろうか。
 蜘蛛の巣が一瞬のことで、暗くなっていったのは、徐々にだったと思ったのはだいぶ後になってからのことで、その時は、本当に一緒に襲ってきたことのようにしか感じることができなかったのだ。
作品名:夢先継承 作家名:森本晃次