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『掌に絆つないで』第四章(後半)

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Act.13 [飛影] 2019年12月10日更新


桑原たちが雷禅の塔へ足を向けた頃、飛影はすでに亜空間を離れていた。
塔の入り口に佇む一人の少女。雪菜は飛影が一向に戻ってこないことを不審に思っていたのだろう、その表情は複雑な胸中を表していた。
「お兄さん……っ」
姿を見せた飛影に、雪菜は駆け寄った。
「何か、あったのですか?」
「大丈夫だ。全部、片付いた」
飛影は両手をズボンのポケットに突っ込んだ格好をし、抑揚のない口調で受け答える。
「コエンマさんたちは……」
「もうすぐこっちに来る」
その言葉を聞いて、彼女は淋しげに目を伏せながら「母と、お別れしないといけませんね」とつぶやき、唇を引き結んだ。
雪菜の背後、半ば塔の扉に隠れる位置に氷菜の姿が見えた。
それを一瞥して、飛影はまた妹に視線を戻すと、「まだ時間がある」とつぶやき、直後「雪菜」と強い口調で妹の名を呼んだ。
「……は、はい」
「お前はお前の選んだ道を行け。オレはもう、何も言わん」
妹にしてみれば、兄に面と向かって名を呼ばれたのは初めてだった。そのことに戸惑っているうちに、飛影は一方的に突き放すかのような言葉を投げて、雪菜の左側をすり抜けた。
自らの背後にまわった兄を目で追いながら、雪菜が振り返りかけたそのとき、
「雪菜……さん」
懐かしく愛しい声が彼女の鼓膜を揺らした。
もう一度正面に目を向けた雪菜は、桑原の姿をその目に捉えた。
当然、飛影の耳にもその声は届いていた。
なぜ自分が桑原と雪菜を対面させてやろうと思ったのか、飛影は自分自身の真意を測りかねていた。
幻とはいえ、肉体を得た桑原を前に、雪菜はどう行動するのだろうか。
自分と同じ血を通わせている彼女は、周囲が思う以上に強い意志と行動力を持っている。そして、胸に秘める情熱は氷を溶かす炎のように熱い。
飛影がやったように、彼女もまた桑原を連れて立ち去るかもしれない。命と引き換えに自らの願いを叶えようとするかもしれない。そうなれば自分は後悔するだろう。そんなことはわかっていた。それでもいいと思えるほどの覚悟も決めてはいなかった。
ただ、桑原にもう一度会いたいと泣いた妹の姿が、何度も何度も鮮明に、彼の脳裏に浮かんでいたのだ。
それを無視することなど、彼には到底できなかった。

「和真さん……?」
「…雪菜さん」
「…和真さん……っ」
桑原を前にした雪菜に躊躇はなかった。
雪菜が求めてやまなかった優しい瞳。それを今も変わらず宿した桑原を前に、迷う必要などなかったのだ。
自ら駆け寄り、その大きな胸に手のひらと頬を添えた。桑原もその細い肩を、逞しい腕で抱き締める。痛みが伴わないよう、柔らかく、優しく、包み込むように。
「雪菜さん……。よかった、お化けだと言って怖がられなくて……」
頬を充分にほころばせながら、彼は照れ隠しのつもりか、おどけて見せた。
「お化けなんかじゃありません。すぐにわかりました。和真さん……会いたかった……。貴方に会いたかったんです、とても……」
雪菜の瞳からは、いくつもいくつも氷泪石が生まれ、柔らかな光を反射させながら大地に零れていった。
しばらく、二人は息を潜めるようにして抱き合った。
亜空間からともにやってきた案内人たちと蔵馬も、その光景をそれぞれ見守る。ただ、この後に待つ運命を想像すると、喜んでいいのか、哀しむべきなのか、彼らには判断がつかなかった。
「和真さん、私……」
「雪菜さん。オレはまたこうしてあなたに会えて、本当に幸せです。でも、このままここにはいられねェんです」
桑原は彼女の言葉を遮ってそう言った後、足元に転がる氷泪石を拾い上げた。
「オレは……あなたがどうして氷泪石を産むのか……、今やっとわかった気がします」
「え……?」
「氷女っていう種族が綺麗な宝石を流すのは、新しい何かを生み出すことのできる、女の人だけの種族だからだと思うんです」
新しい何か。
飛影は雷禅の塔の入り口近くで桑原の言葉を聞きながら、氷菜に視線を向けた。さらに桑原の言葉は続く。
「それに比べて、男ってもんは融通のきかない生き物です。なぁんにも生み出せやしない。だから代わりに………『守る』んです。今あるものを必死で守ろうとします」
手に取った氷泪石を、桑原はそっと雪菜の手に握らせる。そしてまっすぐ雪菜を見つめながら、彼はその頬に伝わる涙を拭ってやった。
「雪菜さん、オレはあなたの笑顔を守り続けたい。オレはいつまでも、雪菜さんが生きている限りずっとずっと、あなたの中で生きていけますから。そしてあなたの笑顔を守りますから。どんなに苦しいときでも、つらいときでも、哀しくても、強く生きて、オレを思い出したら…、笑ってください」
雪菜の頬を伝う涙は、未だ止まらない。それに構わず、彼は続けた。
「オレは、笑っているあなたが大好きなんです」
新しいものを生み出すのが、女。
それを守るのが、男。
男として生まれた理由を教えられた気がした。
背後から響く懐かしい声は、くだらない愛の形を鋭いナイフに変えてみせた。胸の奥の傷跡に、深く深く突き刺さる。その傷跡すら、見えなくなるほどまで深く。
一片の曇りもない瞳。眩しいほどの笑顔。それにつられるように、雪菜は目を細めて精一杯微笑み、最後の約束を交わした。
「はい、和真さん……。私はいつも、あなたを想っています」
彼女はそれ以上語ることなく、再会直後と同じように桑原の胸に顔を寄せた。
残されても、笑顔を絶やさず生きていく。
それが、雪菜の選んだ道だった。