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『掌に絆つないで』第四章(後半)

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Act.12 [蔵馬] 2019年12月10日更新


「しょーがねェヤツだな…」
背中を向けて幽助を見送った桑原は、少し潤んだ瞳をごまかすように笑った。
「幽助は……変わってないでしょう」
そう桑原に切り出しながら、蔵馬自身の実感が込められる。
変わらない。人を惹きつけてやまない瞳も、誰かを思って流す涙も。
「ああ。成長してねぇぜ、まったく……」
口では相手を批判しながらだが、桑原の表情はとても穏やかで嬉しそうだった。
「懸かってるモンが自分の命だって時にはひるまねェクセに、それが他人のものに変わった途端に何も出来なくなっちまう。昔の……まんまだな」
「本当は、どうしてもキミを引き止めたかったんだね」
呟いて、蔵馬はひとり苦笑を漏らす。
オレはズルいな……桑原くんを引き止めたいのはオレなのに。
幽助の気持ちを代弁したように見せかけて、蔵馬は自分自身の本音をさらしてしまったことに気づく。仲間が歯をくいしばって、引き止めることを諦めたにも関わらず、その行為を無に帰したいと望む自分がそこにいた。
「オレも、桑原くんともう一度別れるのはつらい……」
引き止めてはいけない。
そう思う一方で、どうすれば引き止められるだろうかと思案する。
もう二度と会えないと一度は諦めたはず。だが心の奥深く、諦めることができていなかったことを思い知らされた。願いは強くなるばかりだ。
「いつも思ってた。オレはいつまで人間界にいるんだろう。もうキミに会えるわけでも、誰かに必要とされているわけでもないのに、なんでいつまでも留まっているんだろうって」
「…蔵馬……」
「幽助に手を引いてもらってまで、オレは人間界にしがみつこうとしてるんだ。そこに何を求めているのかもわからずに……」
言葉をつむぎながら、蔵馬の視線は徐々に足元へ近づいた。
地に足を浮かせているような亜空間。コエンマの放出する霊気だけが自らの立ち位置を示すように反射していた。
「もうずっと……、答えが見つけられない」
教えて欲しい。
夢と現実の狭間のような追憶の世界で生きていく方法を。
誰にも手を引かれずに、自らが本当に進むべき方角を。
ポケットの中で掌を握り締めると、ペンダントの鎖が指先に絡まった。
千切れてしまえば、楽になるのだろうか。
人間界と自分を繋ぐ糸が、まるでこの鎖のようにプツリと。
どうすればいい?
「答えなんて、ずっと前から持ってるじゃねェか」
その一言に、蔵馬は視線を上げた。
目前の桑原は不思議そうに自分を眺めていたが、くしゃっと一気に表情を崩すと、「手を引いてんのは、お互いさまだろ」そう言いながら笑った。
「え……?」
「オメーがいなきゃ、浦飯はきっと人間界に留まることなんか出来なかった。今ごろ魔界で、なんかモノ足りねェって感じながら、過ごしてただろうぜ。あいつはそういうヤツだ。誰かに手ェ引いてもらわなきゃ、好きなモンも好きって言えねェひねくれモンだ」
桑原はその大きな手をもう一度蔵馬の肩に乗せた。
そらされることのない、まっすぐな瞳。何もかも見透かされそうな気分になった。
「自分が魔族だの人間だの、そんなこと関係ねェ。誰も知らねーところでよ、オレらが必死で守ってきた世界じゃねーか。好きなんだろ、人間界が。じゃなきゃ、守りたいなんて思わねェよな」
ずっと、わだかまっていた。
魔界で生まれたはずの自分が、なぜ人間界で暮らすのか。何を得たいのか。理由を探そうとしていた。理由がいるんだと自分自身を追いつめていた。
そんなわだかまりを解放する言葉は、胸の奥に今も生きていた仲間のたった一言。
『人間界が好き』
それだけの理由。
「不器用だったり器用だったりするけど、おめェらはちゃんと人間界のルールを守ろうと努力してきたじゃねェか。やっぱり地元が一番ってな! 生まれた場所を好きになるのに、理由なんていらねェだろ」
「生まれた場所……」
「人間界にいると懐かしいって感じねェ? おめェの場合は、魔界もかな。懐かしいってのは、好きって気持ちと一緒だ」
「好きと同じ?」
「ああ。何かを好きって思うときとおんなじ気持ちを思い出すから、懐かしいって感じるんじゃねェか」
『懐かしい』
初めて見るはずの風景を懐かしいと感じたことがある。
そんなときはいつも、甘い花の香りを思い出した。
遠い記憶。尖った鼻先を野花へ押し当てて眠ったころに嗅いだ、あの香り。とても好きだった。
いつからだろう、どんなものにも根拠を探そうとし始めたのは。
人間界で、魔界で、何度も何度も懐かしいと感じながら、それを認めようとしなかった。懐かしいと、そんな感情を素直に表現するより前に考えるようになっていた。
ここにいる理由。
もう会えない仲間や家族。
本当に呼んで欲しい名前。
「蔵馬」
追憶の中で聴いた懐かしい声と重なる。深く、胸に響いてくる。
姿は人間のそれでも、呼ばれたいのはその名前だった。
「オメーも案外、素直じゃねーな」
桑原は蔵馬の肩が上下するほど勢いよく叩いたあと、大きな掌を差し出した。
苦笑が漏れる。
本当だ。オレも全然、素直じゃない。
差し出された右手を、蔵馬は自らの右手で掴んだ。
温かい。
血を通わせた掌が熱を生んだ。
何度生まれ変わっても、オレはオレであり続けたかったんだ。
今ある秀一の姿も、人間の母親がくれた名前も、何も捨てたくはなかった。そして隠し続ける本性さえも、誰かに認められて生きていたかった。
今ならそう、素直に認められる。
にわかに、全身を甘い匂いが包み込んだ。
「桑原くんは……、いい匂いがする」
「匂い? どんな?」
「すごく、懐かしい匂い」

キミが好きだと、今さらそんな告白めいた台詞は言えなかった。
それでも、オレが言おうとしたことに気づいた桑原くんは、どこか照れたように笑っていた。その笑顔さえも懐かしくて、オレも同じように笑った。

約束する。
キミと守り通したこの世界をもう一度守る。
だからもう、オレはキミを引きとめはしない。
固い握手を交わしながら、蔵馬はひとり胸の内でそう誓った。