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今よりも一つ上の高みへ……(第二部)

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 結局4番を歩かせてしまい、迎える5番の初球、ナックルが真ん中に入ってしまった、少しこすったような当たりではあったが、ライトはバックしてフェンスに張り付き……そして思い切りジャンプしたが、ボールは差し出したグラブのわずか先を通過してスタンドに吸い込まれて行った。
 3ランホームラン。
 監督がベンチから飛び出し、審判にピッチャー交代を告げた。
 シーガルズは5-8と3点のリードを許してしまい、雅美はワンアウトしか取れずに6失点でノックアウトされてしまったのだ。

 結局シーガルズはそのまま敗れたが、対戦成績はシーガルズの2勝1敗、まだリードしている。
 試合後のロッカールームに暗い雰囲気はなかったが、雅美一人は別だ。
 しかも唯一の女性選手とあって、ロッカールームも別室、一人でうなだれて座っている他ない。
 すると、ドアがノックされた。
「どうぞ」
 松田か小山が来てくれたのだと思った、しかし、ドアを開けたのは高橋ピッチングコーチだった。
「石川、お前、湘南に帰れ」
「そんな……」
 てっきりこのシリーズにもうお前は要らないと言うことかと思った……が。
「ああ、勘違いするな、どうやら大分疲労がたまっているようだ、腕が少し下がっていたぞ、一足先に湘南に帰って第6戦に備えてくれと言ってるんだ」
「あ……」
「すまん、お前を使い過ぎたようだ、一番安定してるもんで大事な試合だと思うとついお前をマウンドに送っちまう、お前を欠くのは痛いが他の中継ぎ陣は休養充分だから大丈夫だ、明日、明後日は他で賄う、今日のうちに帰ってしっかり体を休めろ、二軍ピッチングコーチには話してあるから調整メニューは奴に任せろ」
「はい」
「まあ、明日、明後日と勝っちまえば第6戦はないわけだがな、そんなに甘くはないだろう、第6戦、第7戦までもつれ込む気がするよ、そうしたらまたお前の力が必要だ、頼んだぞ」
「わかりました」
 高橋が出て行くと、廊下で何やら話し声がし、入れ替わるように松田が顔を出した。
「先に帰るんだって?」
「うん、向うで調整するように言われた」
「それが良いかもな、出づっぱりだったからな」
「腕が下がってるって言われた」
「ああ、俺も気づいてたけど、フォームを気にして制球が乱れてもいけないと思ってさ、ほんの少しだったし」
「自分じゃ全然気づかなかった、向うで二軍ピッチングコーチが見てくれるらしいからちゃんと調整しとく」
「ああ、それが良い」
「あたしがいないと寂しい?」
「そりゃ投手陣は手薄になるしな」
「そうじゃなくて個人的に寂しくない?」
「は? 何を言ってるんだか、たった2日だろ?」
「冗談よ」
「まあ、そういう冗談が言えるくらいだから切り替えは出来てそうだな」
「うん、女はね、過ぎたことはすぐ忘れて前を向けるの、良く言うじゃない、別れた恋人をいつまでも引きずるのは男で、女はすぐに忘れて次を探せるって」
「そんなもんかも知れないな……」
「あ、経験あるんだ」
「中学の時の初恋の娘だけな、俺が野球ばっかりだったんでふられちまった……忘れたわけでもないけど別に引きずってはいないけどな」
「そうなんだ」
「雅美は?」
「ヒ・ミ・ツ」
「あ、ズルいなぁ」
「女はちょっとくらい謎めいてた方が良いでしょ?」
「ピッチャーとして謎めかれると困るけどな……じゃあな、ホームで会おう」
「うん、再会を楽しみにしてる……冗談よ、着替えるからドア閉めてくれる?」
「はいはい」
 松田は笑いながらドアを閉めた
 メンタル面では問題はなさそうだ、疲労さえ取れれば大丈夫だろう。
 雅美が言った『ヒ・ミ・ツ』はちょっとだけ気になっていたが……。