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今よりも一つ上の高みへ……(第一部)

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2.ドラフト会議



「湘南シーガルズ、石川雅美、21歳、投手、横浜レッドシューズ」
 プロ野球ドラフト会議の6巡目指名選手が読み上げられると、一瞬の間をおいて会場がざわめき始めた。
 雅美と言う名前は男にもいないわけではない、まして文字が表示される前の「まさみ」と言う音だけなら、正己や昌巳と言うような文字を思い浮かべることもできる。
 だが、横浜レッドシューズと言う所属が読み上げられれば話は別だ。

「おい……レッドシューズって女子プロ野球のチームだよな」
「ああ、今季の優勝チームだ」
「すると、いしかわまさみって言うのは……」
「女だな、間違いなく」
「ルールで禁止されてないのか?」
「以前は性別要綱があったが、今は撤廃されてる」
「ルール上は問題ないのか……おい、お前女子プロも取材してるから詳しいよな、石川雅美ってどんなピッチャーなんだ?」
 問いかけられた記者は呆然としていたが、その問いかけで我に返った。
「……レッドシューズのエースだ、女子野球ワールドカップでも日本が優勝する原動力になった……」
「そんなにいいピッチャーなのか? でも女だろ? 男に混じって通用するとは思えないな」
「そうだよ、陸上競技でも女子記録は男子の9割が限度だ、150キロと135キロじゃ全然違うぜ、まして同じボールを使うんだ、もっと不利なんじゃないか? 6位とは言っても可能性がゼロじゃ話にならないよ、シーガルズは何を考えてるんだろうな……おい、そうだよな?」
「……わからない……」
「わからないって、まさか通用すると思ってるのか?」
「いや……もしかすると……この指名は考えてもみなかったが……」
「どうやったら女が男に混じって活躍できると思うんだよ、小学生や中学生とは違うんだ、プロなんだぜ」
「……石川雅美は……」
「だから、何者だって聞いてるんだ」
「……ナックルボーラーだ……」

 ナックルボール……ボールに爪を立てるようにして握り、全く回転を与えずに投げる変化球を指す。
 ストレートを投げる時、ボールは右ピッチャーの右側から見て反時計回りに回転している、そして回転するボールは縫い目の空気抵抗によって円を描く気流を発生させる。     
 一方、ボールはホームベースに向かって向かって左から右へと進み、相対的に風を受けることになる、その風と回転する気流が、ボールの上では相乗し、下では相殺する、つまりボールの上ではより速い気流となり気圧を下げ、下では遅い気流となって気圧を上げる、そしてその気圧差がボールを上へと押し上げようとする、それがストレートの『伸び』だ、回転数が多く、スピードが速いほど気圧差は大きくなって『伸びのあるストレート』となるのだ。
 カーブやシュート、スライダーと言った変化球も理屈は同じだ、意図的に回転の向きや軸を変えてやることでボールは左右に曲がる。
 一方、フォークボールやチェンジアップは回転を抑えることで『伸び』を抑えて『落とす』変化球だ、どの程度回転数を抑えるかで変化量が変わって来る。
 そしてナックルボールはボールに全く回転を掛けないように投げる変化球だ、回転していないので伸びはなく落ちる変化球の一種ではあるが、全く回転していないことで、ボールの縫い目がボールの進行に伴う風に当たって起こす僅かな気圧差がボールを変化させる、どちらに曲がるのか、それは投げた本人にもわからない、それどころか右に曲がったことで縫い目の向きが変わって今度は左に曲がる、と言った複雑な変化を起こすこともあり、左右への変化を繰り返し、バッターから見て空中で揺れているように見えることすらある、そしてその変化はバッターから予測できない、それどころかキャッチャーミットに収まる瞬間まで変化し続けるので、キャチャーにとっても厄介な変化球だ、ナックルボーラーが投げる時、キャッチャーはルールギリギリの大きさで極力軽量化した特注のミットを使う、専属ともいうべきキャッチャーを育成するケースすらある、正に魔球だ。
 ただし、概ねピッチャーの手を離れてからキャッチャーミットに収まるまで1回転程度に抑えなければ複雑な変化は起こせない、それ以上の回転がかかっているとただの遅い球でしかない、投げるのが難しい変化球なのだ。
 大リーグにはかつて318勝を挙げたフィル・ニークロ、220勝のティム・ウェイクフィールドと言った、ナックルを主体に投球を組み立てるピッチャーがいた、彼らを指して『ナックルボーラー』と呼ぶ。
 日本では過去にナックルボーラーと呼べるピッチャーはおらず、持ち球の一つとしてナックルを投げるピッチャーですら限られている、すなわち、石川雅美は今現在だけでなく、過去の歴史を振り返っても日本のプロ野球界には存在しなかったタイプのピッチャーなのだ。
 女子プロ野球に詳しい記者が『もしかすると』と考えたのはそういう理由からだ。
 ただ、ナックルボーラーと言えどもナックルだけを投げていればタイミングは取れる、バッターのタイミング外すためにはスピードに差があるストレートも必要なのだ。
 だが、石川雅美のストレートは女子ではトップクラスのスピードを誇るものの120キロ前後しか出ていない、ナックルは更に30キロ遅い90キロ前後、ナックルの予測不可能な変化は脅威であっても、プロのバッターならば90キロの変化球を予測しながら120キロのストレートを打ち返すことは可能、スピード差があってもタイミングを外されることはないだろうと考えるのもまた間違いではない。
 石川雅美がプロで通用するかしないか……前例がないだけに『わからない』のだ。


 ドラフト会場が騒然となっているその頃、横浜レッドシューズの球団事務所では記者会見場の準備が慌ただしく始められていた。
 シーガルズが最初に雅美とレッドシューズに接触して来たのは数か月前、リーグ戦の最中だった。
 思いもよらない申し出だったが、雅美はチームのエース、そう簡単に手放せるものではない。
 だが、当の雅美も交えてじっくりと話し合った結果『ドラフトで指名してくれるのであれば』と言う条件を付けて、OKと返答した……女王決定戦の直前、ドラフト会議までは二週間を切っていた。
 雅美にも当然不安はある、しかし、一流のアスリートならば、チャンスが与えられるならばより高いレベルに挑戦してみたいと言う思いが不安に打ち勝っても不思議はない。

 ドラフト会議が終了するや否や、横浜レッドシューズの球団事務所には電話が殺到した、雅美への取材申し入れだ。
 しかし、球団事務所では個々の電話に応える気はなかった、『記者会見を開きますからそちらにどうぞ』、電話を取った職員は判で押したようにそう答える。
 湘南シーガルズが約束通りにドラフト指名してくれたのならば、雅美を送り出すことは既に決まっていたこと、そして苦しい運営が続く女子プロ野球界にとってはまたとないビッグニュースであり、女子プロ野球そのものを広く知ってもらうチャンスでもあるのだから大手マスコミの取材は大歓迎なのだ。

「皆様、お集まりいただいてありがとうございます、ただ今より石川雅美の会見を始めさせていただきます」