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新作落語 怪談・ホテル観音裏

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「それにしても、このワイン、変わってるな、なんだか不思議な味がするよ」
「Since nineteen-sixty nine、五十年物だよ、それからこっちのお酒はここには置いてないんだよ」
「どうしてそこだけ英語……?」
「そんなことどうだっていいじゃないか……ねえ……もっと ぎゅっとしとくれよ」
「ああ、もちろん……おときの抱き心地は格別だな、それに甘い汗のにおいがするよ」
「汗臭くて嫌かい?」
「そうじゃないんだ ムラムラして来る匂いだよ」
「ふふふ……ちょっと暑くないかい?」
「エアコンは……」
「ここにはそんなものありゃしないよ、それにそう言うことじゃなくってさ」
「……って言うと……」
「もう、じれったいねぇ、着物を脱がせておくれって言ってるんだよ」
「あ、ああ……もちろん」
「お前さんもそんな堅苦しいスーツなんて脱いだらどうだい?」
「あ、ああ……」
「ちょっと待って、あたしが脱がせたげる……だからあたしの着物もおまいさんが……ね?」

 立ち込める妙に甘い匂いの煙草の煙……妖しいピンク色に輝く酒の酔い……。
 そして何よりもかぐわしい女の肌に包まれまして、男は天国を垣間見たのでございます。

「ねえ、おまいさん、もう一晩いておくれよ、何ならこのまま居続けしてくれても良いんだよ」
 熱く火照って湿った女の柔肌を傍らに抱き、たわわな乳房を押し付けられてそう言われれば大抵の男は心が動きます。 ですが……。
「そうしたいのはやまやまだけどさ、そういうわけにも行かないんだよ」
「どうしてさ、あたしの具合、良くなかったかい?」
「いや、蕩けるようだったよ……ずっとこのままでいたいと思ったくらいさ……でも俺は稼がないわけにも行かないんだ」
「良い女(ひと)でも待ってるのかい? それとも約束を交わした女(ひと)がいるとか……」
「そんなんじゃないんだ、田舎のおふくろが体を悪くして入院しててね、金がかかるんだ」
「……そうかい……おっかさんの為と言われればあたしはもうなんにも言えないよ……だけどせめてこの一晩だけはあたしの良い男(ひと)で居ておくれでないかい?」
「ああ、もちろんだよ……だからもう一度……」
「何度でも……あたしの火照りを鎮めておくれよ……それから」
「それから?」
「おときって女がいたってこと、それだけで良いんだ、それだけ忘れないでおくれよ」
「なんだか今生の別れみたいなことを言うんだな、そうちょくちょくってわけにも行かないけど、近いうちにまた来るよ」
「そうかい……? その気持ちだけであたしは良いんだよ……」
 そして二人は甘い甘い夢の中へと落ちて行ったのでございます……。


「おい、あんた、おい、あんた、この寒空にこんなところで眠っていると凍え死ぬぞ」
「う~ん……え? あれ? ここは?」
「あんた、もしやホテル観音裏に?」
「あ、はい……どうしてそれを? それにどうして外で寝てたんだ? ここはどこですか?」
「三ノ輪の浄閑寺ですじゃ」
「浄閑寺?……あの投げ込み寺の?」
「後ろを振り返って見なされ」
「これは……供養塔?」
「左様、吉原の遊女が何千人とそこに眠っておりますじゃ」
「何千人も……」
「夜遅くに男が一人でこの観音裏をうろついておりますとな、時にホテル観音裏に迷い込も者がおりますのじゃ、あんたは戻って来れたが、中には戻って来れなくなる者もおりますじゃ」
「戻って来られない……と言うと……まさか……」
「お察しの通り、ここに行き倒れて死んでいた男は何人もおりましてな」
「ど……どういうことなんでしょう?」
「遊女たちも寂しいんじゃろう……遊女たちの浮かばれない魂が時に男を誘い込みますのじゃ」
「ではあのホテルは……」
「あんたのように生きて戻られたお方は、口をそろえて『ホテル観音裏に泊まった』と言いますのじゃ、じゃがそんなホテルは実在しとりませんでな……居続けしてくれとは言われませんでしたかな?」
「あ、言われました」
「それをあんたは断りなすった」
「はい、居続けっしたいのはやまやまでしたが、田舎のおふくろの病院代を稼がないといけないもので……」
「なるほど……それはある意味おふくろさんに命を助けられましたな」
「おふくろが? 俺をこの世に繋ぎ留めて……」
「左様、母の愛とは時も場所も飛び越えるもののようじゃなぁ」
「はい、確かに『とき』よりも強かったようです」

♪音曲:Hotel California

 その後、男は浅草に用事がある度に供養塔に花と線香を手向けるようになり、おふくろさんの病気もそれから目に見えて快方に向かったと言う……。

 遊女の魂が男に見せる幻……ホテル観音裏の一席でございました。