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朝日輝く

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 私は拍子抜けした。誰にも言ったことがないというのは嘘だったのか。私が「それは……騙されちゃいましたね」とおどけて言うと、女性は笑みを浮かべたまま、「どう思います?」と聞いてきた。
「どう……まあ、驚きましたけど」
「そうじゃなくて、多摩川の話です。田園都市線から見えるようなところに、しかも早朝といったってせいぜい朝の七時に、死体を遺棄しますかね? それが三日も見つからないなんて?」
 それは私も同じ事を考えていた。しかし語り口があまりにも確信に満ちていたので、疑うというほどの気持ちにならなかったのだ。「数十年前のことでしょう。思い違いもあるんじゃないですか、もっとずっと早朝だとか、田園都市線じゃなくて……いや、多摩川じゃなくてもっと小さい川とか……」と私が言うと、女性は大きく首を振った。肩で切りそろえられた黒髪が私の二の腕をかすめる。
「調べてみたことがあるんです。それがね、確かにその年、多摩川で死体遺棄事件があったんですよ。たしかに二子玉川の駅のそばで、それなりに話題になったみたいです」
「へえ……」
 でもね、と女性は言葉を続けた。「見つかったのは高架よりいくらか上流です。上流ってことは、西側ですよ」
 私はしばらくそれについて考えてみた。私の中で、まばゆい朝日が水面に反射する光景は、思いの外強く焼き付けられていた。自分がどちらを向いて立っているのかも知らなかった、と彼女は言っていた。私の歩みは知らず遅くなった。女性は笑みを絶やさずに、「ねえ、どう思います?」と聞いてくる。
 私はその顔を見つめた。高めのヒールを履いている私と比べるとずいぶん背が低い。一重まぶたの目尻に赤っぽいアイシャドウを引いていて、それがよく映えていた。この女性は、次女の娘のはずだ。次女は国会議員で、次の選挙に向けて演説する姿をこの間テレビで見たばかりだ。発色のいい化粧は悪意にこそ似合う、と私は思った。
「……あなたは……どう思うんですか」
 尋ね返すと、女性は唇をちょっとつきだした。
「私が言いたいのはね」と女性は足を止めた。いつのまにか施設の入り口までやってきていた。広い庭に植えられたケヤキの葉が眩しく輝いていた。「誰が何を見たかなんて、誰にも分からないということですよ、何を……認識したかなんてね」
 私は会釈して建物を出た。数十年前のその日と同じ、強い日差しが私の首筋を焼いた。門のところで振り返ると、女性はまだ私を見ていた。あのオレンジ色のスカートは、わざと履いているに違いない、と私は思った。
作品名:朝日輝く 作家名:浅川六