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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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「汽笛?」
 暖野は言った。
 朝方、弱い風は吹いていた。窓の隙間から入り込む風の音だったのだろうか。
 そっと、音をたてないようにお茶を一口含む。喉が鳴らないよう、少しずつ飲み込んだ。
「汽笛だわ!」
 船だけではなく、汽車も来たというのか。
 考えられないこともない、列車のダイヤと船の時間が合わせられている可能性もある。
 暖野は急いで部屋へ取って返し、窓を開けた。
 ここからは線路も駅も見えない。だが、青い湖面に船影がはっきりと見えた。それは黒い煙を吐き、明らかにこちらへと向かっている。
「船よ! やっぱり船だったんだわ!」
 暖野が歓喜の声を上げる。
 いつしかマルカも隣に来て、同じく身を乗り出した。
「やりましたね、ノンノ!」
「ええ!」
 二人は階下へと向かった。床に置いていた荷物を持つ。
 宿を出る前、暖野はいつものように感謝の書き置きを忘れなかった。
 門の所で、宿に向かって深くお辞儀をした。この世界には色々と問題はあるが、優しい所はとことん優しい。お金は持っていないし対価も分からないため、出来る最大限のことは心からの感謝を表することだけだった。

 坂道を下る間にも汽笛が聞こえた。それが船のものか、まだ見えていないだけで汽車なのかは分からない。
 船は、もうその姿が確認できるほどにまでなっていた。以前想像していたような豪華客船ではないようだ。だが、貨物船の類でもなさそうだった。
 駅にはやはり人影はなかった。それが列車が来るかどうかの指標にならないことは分かっている。湖岸道路から港へも行けるが、駅から直通の通路があることは以前来た時に確認していた。
 また汽笛が聞こえる。
 どうやら宿で聞いたのは、船のものだったようだ。
 着岸態勢に入っている船が見える。
 それは、予測していなかったスタイルのものだった。
 白い船体の外輪船。両舷に濃緑色の外輪を持つ舷側式のパドルシップだった。二本ある煙突からは黒い煙が吐き出されている。
 暖野は父親に連れられて、一度大型フェリーの到着を見に行ったことがある。タグボートが船体を押し、港では係員がロープを投げたりしていた。
 だが、ここにはそんな光景はない。
 船はどのようにしてか徐々に桟橋に近づき、衝突することもなく横付けになった。
 知らぬ間に縄もしっかりと結ばれている。
 さほど大きくもない船だった。せいぜい大きめの観光船か小型のフェリーと言ったところか。
 船からタラップが桟橋に降ろされる。
 だが、乗船客や下船する人の姿はない。
 停船しているからか、煙突から出る煙も少なくなっている。
「乗りますか?」
 マルカが訊く。
「乗るしかないでしょう?」
 どうせ乗るまでは動かないだろうとは思う。無視して他所へ行くと、また勝手に出て行くかもしれないが、わざわざそれを試す理由はなかった。
 そもそも旅の目的地すら分からないのだから、行き先不明の船に乗ったところで状況は良くも悪くも判断のしようがない。ただ、これがあの汽車のように沙里葉へ向かうものでないことを願うだけだ。
 乗船デッキから入り、貨物用なのか広い後部甲板へ向かう。
 中身の不明な木箱が幾つか積まれている。窓から内部を覗いてみたが、広い室内に客の姿はなかった。電車や町と同じく、この船も無人らしかった。
 それでも一応は確かめてみようと、ドアを開ける。
 遊覧船以外の船に乗ったことのない暖野には、構造がどうなっているのかいまいち分からない。宿ならレセプションや食堂、寝室が並んでいるものだが、船もそうなのだろうかと想像してみる。
 入ったところは、見る限りホールのようだった。奥の一角に受付らしいカウンターがある。船尾から入ったので、それは船首側にあるということになる。受付横の両側に、前の方へと続く廊下。その先には両開きのドアが見えていた。廊下の入口には上へ向かう階段があった。
 船室があればそこに荷物を置こうと思っていたが、見取り図らしきものも見当たらない。
「荷物、ここに置いといてもいいかしら」
 暖野は言った。自分はともかく、マルカは結構大きい荷を背負っている。
「大丈夫じゃないでしょうか。人もいないようですし」
 取り立てて貴重品と言えるものもない。財布の残金は僅かだし、電車のICカードやバスの定期など、ここでは役には立たない。強いて言えば携帯電話くらいだろうが、マルカの言うように無人なら案ずるに足りないだろう。
 それでも一応はカウンターから見える位置に荷物を置き、二人は上へと向かった。
 外から見た限り、操舵室は3階部分にあった。まずはそこへ行くべきだと、暖野は思った。
 さらに一階分昇ると、煙突の脇を通り、船首へ向かう。
 普通なら立入禁止のはずの場所へ、既に踏み込んでいた。テント張りのデッキに面して船長室と書かれたドアがあったが、それは後回しにした。
 ドアを開ける。
 誰にも咎められることはなかった。
 予想通りと言うか、操舵室にも船員の姿はなかった。
「ねえマルカ」
 暖野は室内を見ながら言う。「この世界には、本当に私たちだけしかいないの?」
「それは分かりません。あの城跡のように、残されているものや人がいる可能性は否定できませんが」
「可能性、ね」
 例えそれが無限ゼロであっても、可能性がないとは言えない。
「どうしましょう?」
 マルカが言う。「やはり、船を降りますか?」
「ううん、乗るわ。どこに行くのか知らないけど、どうせこの世界は知らない所ばかりだし」
「そうですね」
「それなら、行ったことのない場所へ行く方がいいでしょ?」
「ええ、ノンノが不安ではないのでしたら」
「不安よ」
 暖野は正直に言った。「でも、不安がってるだけじゃ、前に進めない」
「ええ」
「それに、楽して遠くまで行けるなら、わざわざ歩かなくてもいいじゃない」
「私は、歩くのは苦ではないですが」
「私だってそうよ。目的地が分かっていればね」
「博士も、そのことについては曖昧にしか答えてくれませんでしたからね」
 マルカが言った。
「でも、見て想像しろと言ってた」
「ええ」
「じゃあ、新しい展開に乗るのは間違ってないと思う」
 その時、室内で何か物音がした。
 二人は音のした方を見る。
「何かしら?」
「誰かいるのでしょうか」
 船は微かに揺れている。湖と言えども波はある。
「見て来ましょう」
 マルカが舵輪の向こうに向かった。
「誰もいないようです」
 そのマルカの言葉を、暖野は聞いていなかった。
 木の床を、何かが転がってくる。
 暖野はそれを拾い上げた。
「ビー玉……?」
 どうしてこんな物が、ここにあるのだろう――?