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和ごよみ短編集

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《其の6》『しゅん』





「今日から夏よぉ」
「うそだぁ。だって桜 咲いてるもん」
私がまだ幼稚園に通い始めた頃だったでしょうか、近所に住んでいたのか、家族で遊びに行ったところで出会った人だったか、遠い記憶の中にありました。何故かこの時期になると思い出します。
歳は幾つぐらいなのでしょう。私の思い出す笑顔は、顔も首のあたりも皺がたくさんあった女性だったということだけでした。
「お嬢ちゃん、団子は好きかぁ」
無造作に紙に包んだ三色の団子を渡してくれたとき、触れた皺だらけの柔らかな肌に驚きました。いつもお母さんと手を繋いだり 撫でてもらったりする感触ではなく、とろけて落ちそうな張りのない柔らかさ。そう、粉の付いていない羽二重餅のようでした。

週末、私は久し振りに郷に帰りました。夏のお盆や年末などに帰郷することはありましたが、この時期に此処を訪れるのは久し振りでした。
夫と娘と。娘はあの頃の私と同じくらいの歳になりました。

半月ほど前、郷に暮らす母から「桜も咲いている頃だし、これから畑仕事も忙しくなる前に来ない?」と連絡がありました。それはひとつの口実。私の歳老いてきた祖母が 会いたいと言っているのだそうです。
私の娘からみたら 曾祖母になる人。私の夫も、賛成し同行してくれました。

祖父が亡くなってから ずいぶんと田畑も縮小したと聞いていましたが、母の女手と、この時期に休暇を貰う父と歳老いた祖母だけでは大変そうだと思っています。とはいえ、私はこの仕事を継ぐことはありませんし、夫の仕事の都合では、さらに遠くの地方へ行かなければならないかもしれません。
おそらく、この田畑は 両親の代で終わりになるでしょう。

母と台所に立ちながら、あの時の話をしてみました。いつも訊きそびれる。いや あえて訊くこともなくていいかと思っていました。
三色団子をくれたその女性は、母の祖母にあたる人のお姉さんということがわかりました。しかもとても長寿で 私からいう曾祖母とはずいぶん歳の離れた姉妹にあたる人らしいとわかりました。
皺の思い出が とても近く感じられました。
その曾祖母の姉には孫がなかったので、曾孫のように私をとても可愛がってくれたそうです。

母が作ったお弁当の料理を重箱に詰めて 私たちはお花見に出かけました。
「さてと、ご馳走もできたことだし、出かけようかね」
祖母も 待ち侘びていたように縁側の座布団から立ち上がり、曾孫の手を取って嬉しそうに歩いてきました。
作品名:和ごよみ短編集 作家名:甜茶