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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Riptide

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 公民館に向かっていることに気づいた明弘は、抗議するように、白戸が被るヘルメットを何度も叩いたが、白戸は一切聞き入れずに、原付を走らせた。ゲートボールをしていた老人が、二人乗りで現れた白戸を見て、心臓が一瞬停止したように目を丸くしたが、白戸は早口で事情を説明し、明弘に言った。
「とにかく、ここで待つんだ」
 返事を待たずに原付に乗り、元の道を引き返す。砂の浮いたあぜ道は容赦なく滑ったが、白戸はどうにかして転倒することなく、墓地までたどり着いた。スタンドを起こすと、そのまま墓地の中を走り抜けた。階段を上ると、あの薄暗い道の真ん中に出る。子供の頃の記憶では、墓地が近いこともあって、怖い道だった。段を飛ばしながら階段を上がり、通路のようになった道に入ると同時に、空気がしんと冷えた。日光が当たらないから、常に水気があって、暗い。深呼吸をしたとき、淡い香水の匂いが混じっていることに気づいた白戸は、周囲を見回した。十メートルほど先に、後ろ姿が二つ。
 隅谷正人と、あのハイラックスの女の人が、談笑しながら背を向けて歩いているのが見えた。
「ちょっと、すみません!」
 白戸が声をかけると、正人が振り返った。
「あっ、シロさん」
 女の人も振り向いた。バツが悪そうに首をすくめると、言った。
「車、すみません。ちょっと迷っちゃって。この子に助けてもらったんです」
 正人は、女の人が約束を破ったことに抗議するように、俯いた。千夏は少し体を低くすると、耳元で囁くように言った。
「大丈夫だよ。林に入ったなんて言ってないから」
 白戸は二人の様子を見ながら、随分打ち解けていると感じた。確かに、朝見かけたときも、女の人は気さくだった。白戸は言った。
「あの、男性の方と一緒でしたよね?」
「あー、酒井っちは昼寝してるんじゃないかな」
 千夏が言うと、正人が申し合わせたように笑った。白戸は言った。
「失礼ですが、お名前を教えてもらえますか」
「三咲千夏です」
 千夏はあっさり言うと、正人に言った。
「あの人、友達なの?」
「お母さんの後輩です」
 正人が答えたとき、白戸の携帯電話が鳴った。白戸は正人に手招きをしながら、誰かを確認する間もなく、電話を取った。
「もしもし」
『もしもし、誰じゃ?』
 電話をかけておいて言う言葉ではなかったが、声で田井だということが分かった白戸は、小さくため息をついた。田井からすれば、白戸の番号は、まさに『誰じゃ?』だろう。
「白戸ですよ。あのね、田井さん。留守電聞いてくれました? 柵に電気入れないでって、言ってたでしょ」
 電話の相手がタイキックであることを悟った正人は、手招きに従いかけていた足を止めた。千夏は言った。
「タイキックって、そういうこと?」
 正人がうなずくと、白戸は再度手招きをしながら言った。
「柵の電気をね、止めてほしいんです。小学生が怪我したんですよ」
『そんなこと言うとる場合か!』
 その剣幕と大声に、白戸はスピーカーから耳を一瞬離した。田井は大声で続けた。
『電気はもう切ったわ。あの林の中で人が殺されとったんじゃ。もう一人おって、わしも巻田の坊主も、殺されかけた。わしが撃って仕留めたが』
「ちょっと待ってください。落ち着いて。撃ったって、いったい何で?」
 白戸は言いながら、すぐに結論にたどり着いた。田井が代わりに、それを言葉に出した。
『猟銃じゃ。わしも、巻田の坊主も無事じゃ。白戸君。林に入るときは気をつけろよ、他にいるかもしれん。あの女の子の殺し方……、あれは異常じゃ』
「どういう意味ですか」
 白戸は言いながら、逃亡犯の特徴を思い出していた。一人は若い女だった。高石玲奈という名前が頭に浮かび、白戸は言った。
「その殺された人、目立つ特徴はありませんでしたか」
 田井は考え込むように唸ったが、一つだけどうしても忘れられないことを思い出したように、呟いた。
『靴を履いてなかった』
 白戸は思わず顔を上げた。千夏の背負うリュックサックに、くたびれたスニーカーが吊られている。目が合ったとき、千夏は体ごと振り返り、唐突にリュックサックを地面に捨てた。その右手に握られた手斧が、後ろから左手で掴んだ正人の首に突き付けられた。
「おい! やめろ!」
 白戸は叫んだ。千夏は正人の体に回した腕を、万力のように締め付けた。正人は、自分の体を捕まえたのが本当に千夏なのか信じられず、その顔をどうにかして見上げた。千夏は言った。
「酒井っちは、やられちゃったのかあ」
 白戸は、ホルスターの留め金を外した。誤射防止のゴムは取り付けていない。抜けば、すぐに撃つことができる。千夏は言った。
「撃てるっかなあ」
 正人は刃の冷たい感触を感じながら、千夏に言った。
「あ、あの、やめた方がいいです」
「えー、なんで?」
 千夏は、正人だけに聞こえるように言った。
「なんかもう、どうでもよくなっちゃったよね」
「何がですか?」
「いや、天の川とか、色々」
 千夏はそう言うと、間合いを詰め始めた。離れるものだとばかり思っていた白戸は、逆に後ずさろうとしたが、目を離すこともできず、足の位置が少し動いただけにとどまった。
「撃つぞ!」
 まだ拳銃は抜かないが、言葉で警告する。白戸が手順を踏むのを面白がるように、千夏は笑った。正人の首にくっつけた手斧の刃を少し離すと、言った。
「十」
 カウントダウンを始めたことに気づいたとき、正人は千夏の腕から逃れようとするのを、一瞬止めた。千夏は間合いを詰めながら、続けた。
「九」
 白戸は、拳を一度固めると、銃把の感覚を呼び起こすように開いた。正人は言った。
「千夏さん、撃たれます」
 その言葉に驚いたように、千夏は一瞬だけ、正人の目を見下ろした。
「わたしの心配? 優しいね」
 千夏は言うと、また足を進めた。正人は、自分を締め付ける腕の力が、ほとんど無くなったことに気づいた。
「八」
 そう言うと、千夏は正人の耳元に囁いた。
「七で目を閉じて」
 白戸は、無意識に『大先輩』の言葉を思い出していた。警察学校ではなく、現場に出てから河田警部に教えてもらったことだった。それが突然、頭の中で繰り返されていた。
『いいか白戸。相手がナイフを持っている場合、拳銃があるからといって、油断するな』
 まさに今の状況だ。そして、その言葉の続きが、千夏の言葉と重なった。
『七メートル先の相手が全力で走ってきたら、こちらも無傷では済まない』
 カウントダウンじゃない。自分までの距離だ。白戸が気づくのと同時に、千夏は言った。
「七」
 正人は、体が突き飛ばされるのを感じた。地面に伏せて、言われた通りに目を閉じた。
作品名:Riptide 作家名:オオサカタロウ