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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Riptide

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 村井は、警察が集まっている現状に少し居心地が悪いようで、しかめ面で研吾に言った。
「この調子だと、マジで駐禁切られそうだな。車、どけてくるわ」
「タイヤあんの?」
「一本積んでるんだけど、店から、これは絶対履かないでくださいって言われてる。ヒビ割れしてるんだってさ」
 港の一帯は相変らず緊迫していたが、村井は飄々と言った。研吾は笑いながら、村井の腕を小突いた。
「そんなんばっかだな」
 人だかりは次第に少なくなっていき、知り合いの顔だけが残っていった。普通のタオルを首に巻いているが、もはやヒーターを巻き付けているのとあまり変わらない。研吾は、巻田夫妻の顔を見ながら思った。手伝いたいが、翔平君を見つけるには、どこを当たればいいのだろうか。明弘や正人が立ち寄りそうな場所なら、分かる。同じ小学生なのだから、もしかしたら大きくは違わないのかもしれない。
 白戸は、呼び出しを受けて野次馬の整理から抜けた。やや現場の収拾がついた様子で、少し顔色を取り戻した河田が、言った。
「三人いる。あの頭は、車の持ち主の宇多だ。それ以外に、上谷と高石という仲間がいる。皆、隣の県の連中だ。三人とも、県警本部が引っ張る直前だったらしい」
「逃げたんですね」
 白戸は、河田がどうしてそんな事情を話すのか疑問を感じながら、続きを待った。河田は山道の方向を指した。遠目にハイラックスが停まっているのが見えたが、全く気にしていないようだった。
「県警が来たら、陣頭指揮は連中がやることになる。まだ時間があるから、山道を中心にパトロールしろ。お前と、あと四人に言ってある」
 白戸はうなずきながら、思った。妙なプライドが河田を燃え上がらせている。県警本部から来る警部は、河田と同期との噂。五人の警らが、逃亡犯を捕まえる。途方もないような話だが、土地勘があるから、収穫がゼロということはないだろう。
「行ってきます」
 白戸はヘルメットを被り、原付に乗った。今朝通ったときと同じように、ハイラックスの前を通り過ぎると、山道に続く交差点を右に折れて、スロットルを大きく開けながら思った。ワゴンRも、ハイラックスも、同じ隣の県のナンバー。そして、ハイラックスにはあちこち衝突した跡があったが、前部の傷だけが新しかった。白戸が到着した時点で、ワゴンRはすでにブルーシートで覆われていたが、しっかり見ていればよかった。重要な局面で最後の一手を詰めるのを、また忘れてしまった。
 研吾は、白戸が突然原付で走り去ったのを見て、スマートフォンの時計を見た。十三時五十分。勝俊の言った、一時間が過ぎているという言葉は、かなりの重さを伴って、研吾の胸にものしかかっていた。遠くから結子が走ってくるのが見えて、研吾は手を振った。声が届く距離まで来たときに、言った。
「おーい、走らなくてもいいのに」
 結子は無言で駆け寄ると、研吾の腕を掴んだ。その両目から涙が流れていることに気づいた研吾は、頭が一切の活動を止めたようにぽかんと口を開けた。結子は言った。
「明弘と正人がいないの」
 結子をブロックの上に座らせた研吾は、言った。
「明弘は、海で遊んでいるんじゃないのか?」
「二人とも、昼ご飯を食べてないの。そんなこと、今までになかった」
 正人だけでなく、明弘も家に帰っていない。研吾は立ち上がった。結子は掴んでいた腕に引きずられるように立ち上がると、言った。
「どうするの?」
 研吾は、明弘がいつも友達と遊んでいる、波の少ない海岸に目を凝らせた。子供用と思しき靴やカバンが置かれているのが見えたが、人はいない。視線を泳がせた先、野次馬の中にピンクとレッドがいて、レッドが神妙な顔で小さく手を振った。研吾が目だけで応じると、河田の息子である利樹が、腰の位置に大きな浮き輪を巻いたまま、ピンクとレッドの隙間から顔を出した。研吾は駆け寄って、利樹に言った。
「トシちゃん、おっす。事件らしいよ」
「そうなんだ」
 利樹は、あまり関心がなさそうに呟いた。研吾に言いたいことがあるようだった。
「隅っちと遊ぶ約束してたんだけど、来なかったんです。大丈夫ですか?」
 研吾は歯を食いしばって、結子の方を向くと、首を横に振った。今まで、どんなに疲れて体から力が抜けたと感じても、呼吸までが止まることはなかった。しかし、意識していないと、息を吸うことすら忘れてしまいそうだった。勝俊は、研吾と結子のただならぬ様子に事態を察して、庇うように横に立った。
「まさか、隅谷さんとこの子も?」
「はい。二人とも家に帰ってないです。何が起きてんだ……」
 研吾は、河田の姿を探し、制服警官と話しているその肩を叩いた。
「研吾さん。どうしたの?」
 河田が振り返って言うなり、研吾は今判明したばかりの事情を、全て説明した。見る見るうちに河田の顔色が変わり、その視線は浮き輪とセットになった利樹にも向いた。河田は、ワゴンRに答えが書かれているかのように、車体を覆う、四角く盛り上がったブルーシートに目を向けた。
「今は、手が離せない」
 ようやく出た答えは、それだけだった。巻田翔平と同じで、明弘と正人も、学校を出てから一時間しか経っていないのだ。研吾が立ち去ろうとしないことに根負けした河田は、ペンを抜くと、メモ帳に走り書きをして、千切った。
「申し訳ない。県警が来るまでは、人をこれ以上割けないんだ。心当たりがある場所を、自分たちで探してくれないか。何か見つけたら、すぐにこの番号で教えてくれ」
 研吾はメモを受け取りながら、現場の方へ歩き去っていく河田の後ろ姿を、呆然と眺めた。『何か』というのは、死体という意味か? いつの間にか隣に立った勝俊が言った。
「番号だけでもありがたいです。今すぐ探しに行きましょう。好きな場所とか、ないですか?」
「あります」
 答えながら研吾が振り返ると、目の前でアルファードが停まった。運転席から降りた圭織が三人を手招きし、勝俊が運転を代わった。助手席に研吾が座り、後部座席に圭織と結子が乗り込んだ。研吾は、頭の中で考えていることを無意識に呟いており、気づくと全員の注目を引き寄せていた。一度咳払いをすると、言った。
「うちの子が行きそうなところは、一番可能性が高いところだと、帰り道と逆方向にある運動場です。次は、山の上にある廃墟。入らないように言ってあるんで、可能性は低いと思いますが……。あとは裏の林ですかね。ここは持ち主がうるさいんで、絶対に入らないように言ってあります」
 勝俊はアルファードを発進させると、運動場に向かった。圭織が言った。
「翔平は、学校の話をあまりしないんです。正人くんと同じクラスですよね」
「そうですね。ただ、正人も無口な方でして……」
 研吾が言った。結子もそれ以上付け足せることはなく、三人が集まっているのか、バラバラなのか、勝俊と研吾にも補足できるような知識はなかった。勝俊は言った。
「俺、本当に想像がつかない。自分の子供なのに」
 研吾は、村井の携帯電話を鳴らした。相手が出るなり、言った。
「村井、ごめん。巻田さんとこの翔平君と、うちの二人が家に帰ってないんだ」
 ちょうどタイヤの交換をしている最中らしく、村井は息が上がっていたが、それでも一瞬息を殺したのが分かった。
作品名:Riptide 作家名:オオサカタロウ