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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Riptide

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 巻田夫妻が、まっさらなアルファードから、JBL製のスピーカーを二人がかりで下ろすのを見て、研吾は思わず言った。
「すごいっすね」
「ちょっと調子が悪いんですよ」
 勝俊が言い、傷があちこちついたスピーカーの頭をぽんと叩いた。ただ日に焼けているのではなく、あらかじめ焼き色まで指定されて、その通りに丁寧に仕上げられたように、研吾には見えた。圭織は対照的に、日光に少しでも触れたくないように、つばの大きな野球帽を目深にかぶっている。二人とも三十半ばにしては若く見え、県外から訪れる学生サーファーのようだった。村井が海の家に併設するようテントを起こし、脚を固定したところで、研吾を呼んだ。
「やぐら立ったぞ」
 研吾はスピーカーを抱える巻田夫妻を手伝いながら、テントの中に入って、椅子とテーブルを等間隔に並べた。勝俊がバンドでくるんだビニールシートを広げると、テーブルと椅子に掛けて、端を手際よく縛った。その様子を見ていた研吾は、言った。
「巻田さん、こういうのやったことあります?」
「学生時代に、キャンプとか、こういうアウトドアをよくやってたんです」
 勝俊はスピーカーの配線をチェックすると、発電機の準備ができていないことを悔やむように、眉をハの字に曲げた。
「なんか、かけてみたいなあ。今やると怒られますかね」
「あまり爆音はちょっとね。近所にうるさい人もいますんで。それにしても、頼りになりますね。ありがとうございます」
 研吾が苦笑いしながら言うと、勝俊は、電球をタイラップで留めている圭織の方に視線を向けて、言った。
「圭織はワンゲル出身なんで、棒と布だけ持たせれば、山で一泊しますよ」
「させる気?」
 圭織が笑いながら応じて、タオルで首の汗を拭くと、スマートフォンを取り出した。それが合図になったように、研吾も自分のスマートフォンを取り出し、メッセージが来ていることに気づいた。結子からで、『どう?』という短いものだった。研吾は『張り切ってるよ。気取った連中だわ』と返信して、スマートフォンをポケットにしまいこんだ。そのとき、パトカーのサイレンが聞こえてきて、研吾と村井は思わず顔を上げた。圭織が勝俊を呼び、二人はスマートフォンを見ながら何かを話し始めた。音からその台数の多さに気づいた研吾は、鉄階段を駆け上がった。三台のパトカーが猛然と走り抜けていき、隣に追いついた村井が言った。
「あー、俺の車、駐禁切られんのかな」
「冗談言ってる場合かよ。何かあったんだろ」
 仕事を終わらせるために階段を下りて、テントに戻ったとき、勝俊が言った。
「子供から、家に帰ったって連絡が来ないんです」
 今度は四人で鉄階段を上がり、研吾は目を細めた。パトカーが集まっているのは、港だ。昼間でも赤い光が回っているのが見える。次々に人が集まっていて、さっき叫び声が聞こえたような気がしたことを思い出した研吾は、港に下りるわき道を小走りで駆け下りた。オレンジ色のワゴンRの周りを警察官が囲み、野次馬が立ち入らないよう、すでに規制線を張り始めていた。河田警部がいることに気づいた研吾は、声をかけた。
「河田さん。事件ですか?」
 河田は、歯の隙間から漏らすようにため息を吐くと、うなずいた。
「そうだよ。大変なことになった」
 河田の肩越しに、警察官にずっと早口で話している男が見えて、それが中原社長であることに、研吾は気づいた。河田は情報を補うように、言った。
「中原さんが、発見者だ」
「何の?」
 研吾が訊くと、河田は『これ以上は言えない』と、口を真一文字に結んだ苦笑いで応じた。すでに警察官達が、ブルーシートで目隠しを作り始めていたが、その隙間から、ワゴンRの開け放たれた左ドアと、フレームを伝う血の跡を見た研吾は、思わず目を逸らせた。
「殺人ですか?」
「まだ不明だ」
 河田が言ったとき、横から勝俊が割り込んだ。
「あの、すみません。うちの子供も家に帰ってないんです」
 河田は、巻田夫妻がいることに初めて気づいたように、視線を向けた。頭のチャンネルがすぐに切り替わらないように少し固まった後、言った。
「翔平君ですか? 今日?」
 圭織が小さくうなずいた。
「はい。私たちがいないときは、家に帰ったらメールをするよう、言ってあるんですけど。今日はまだ来なくて」
 河田は、一度ブルーシートの方を振り返った。ナンバープレートの照会はすぐに終わった。車の持ち主は、宇多陽介。二十五歳。前科一犯。鑑定などしなくても、赤いリュックサックの中に入っていた生首の顔と一致する。
「心当たりは、ありませんか? よく遊ぶ仲間とか、好きな場所に立ち寄っているとか……」
 河田はようやく、言葉として絞り出した。何の助けにならないような凡庸な答えだったが、それでも、勝俊と圭織は顔を見合わせて、その答えを噛み砕いていた。圭織は何度か翔平の番号を鳴らしていたが、電波がないか、電源が切れているという応答が返ってくるだけだった。勝俊が言った。
「学校はみんなと一緒に出てますから、まだ一時間ぐらいです」
 勝俊は、今探せば簡単に見つかる可能性が高いのではないかと思って、そう言葉に出したが、河田は違う意味に捉えた。
「だから、寄り道してるんじゃないですか?」
 巻田夫妻と河田警部の会話が行き詰っているのを横目に、研吾は野次馬を下がらせている白戸巡査を見つけて、声をかけた。
「シロくん。どんな感じなの」
 白戸巡査は事件に遭遇しただけとは思えないぐらいに青い顔をしていたが、それでも研吾に小さく頭を下げて、ささやくような声で言った。
「殺しですよ。助手席から人の頭が出てきたんです」
 研吾は、オレンジ色の車体に残る血の跡を頭に呼び起こしてしまい、思わず息を漏らした。結子の電話を鳴らすと、すぐに出た結子は言った。
「外、すごい騒ぎになってるね。どうしたんだろ」
「殺人だって。おれも港にいるんだけど。中原さんが見つけたらしい」
「えーっ、ショックだな中原さん。私もちょっと見に行こうかな」
 結子は何でも楽しいイベントのように話す。研吾は悪だくみをするように声を落とした。
「店、どうすんの?」
「みんな港に集まってるんでしょ? 誰も来ないよ」
「じゃ、待ってるよ。あ、そうだ」
 研吾はふと思いついて、じりじりと焼ける首元に手をやった。待ちくたびれたように、結子が言った。
「なあに?」
「いや、冷感タオル持ってきてくれない? 忘れちゃってさ」
     
作品名:Riptide 作家名:オオサカタロウ