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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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子守り妖精のルラビィ

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「ばあ」
 わたしはおどけて変な顔をしてみせる。
 むずかっていた赤ちゃんがわたしを見る。すると、すこしの間だけ泣くのはおあずけになる。
 わたしは赤ちゃんのお守役。
 子守り妖精のルラビィ。
 赤ちゃんって、さっきまでご機嫌だったのに、急に泣き出したりするでしょ?
 そうかと思ったら、何もないのに、にこにこしたり笑ったり。
 どうしてだか、わかる?
 赤ちゃんってね、生まれるまえのことを覚えているんだよ。生まれるまえ、まえに生きていたときのことを覚えているんだよ。
 ほとんどのことは忘れちゃうんだけど、まえのことをすこしだけ覚えていて、それを思い出して泣いたり笑ったりするんだよ。楽しかったことや悲しかったことを思い出して、笑ったり泣いたりするんだよ。
 わたしは子守り妖精のルラビィ。ある人は、思い出あつめ係なんて名前で呼ぶ。
「ねえ、こんどは何を思い出したの?」
 わたしは赤ちゃんに聞く。
 そうしたら、赤ちゃんが話してくれる。
 まだこの世界のことばを知らないけど、でもまえの世界のことばも忘れちゃってたりするから、目と心で話してくれる。
 わたしは、うんうんとうなずきながら聞いてあげる。赤ちゃんが話したことは、わたしの中に入ってきて、赤ちゃんの思い出からは消えてしまう。
 こうやって、わたしは赤ちゃんの忘れのこした思い出を引きうける。
 わたしは多くの思いのこしからできている。
 わたしの身もこころも、赤ちゃんたちの、まえに生きていたときの人たちの思い出でできている。
 いまも、そう。
 まえに生きていたときの、かなしかったことを思い出して泣きそうになっていた。
 赤ちゃんはまだことばを知らないから、どんなに悲しくても痛くても、泣くことしかできない。
 でもそれは、おとなが見てそうだというだけで、赤ちゃんはちゃんと思いをつたえようとしている。
「ねえ、お話しして?」
 わたしは赤ちゃんに話しかける。
 赤ちゃんが私をじっと見つめる。その目から、思いが流れこんでくる。
「そうね」
 どんなにひどい思い出でも、もう慣れっこなはずのわたしでさえ、思わず泣きだしそうになるほどのものもある。
 この赤ちゃんがそうだった。
 でも、どんなにかなしい思い出でも、わたしはほほ笑んで受け止めてあげなくちゃいけない。わたしが泣くことはゆるされていないから。
 もし、わたしが泣いてしまったら、その思い出は赤ちゃんの中にとり残されてしまう。そうなってしまったら、もう二度と忘れさせてあげることはできない。わたしの涙は、思い出を固めてしまうから。
「うん。うん……」
 うまくできているか分からないけど、わたしはなんとか笑顔のままでいられたと思う。
 小さな手をのばして、それをしきりに動かして、その思い出を話してくれる。
「かなしかったね。つらかったね」
 わたしは赤ちゃんの指をそっと抱きしめる。そうしておいて、その目をじっと見つめつづける。
 赤ちゃんが、にっこりと笑う。
 うまくいったみたい。
 わたしも笑う。
 この子には、ほんとうに手こずった。あまりにも多くの思い出を持っていたから。まだ全部じゃないけど、あと少しで忘れさせてあげることができる。
 そのために、わたしは歌をうたう。“忘れのうた”を。
 忘れのうたは、古い思い出の上にふりそそぎ、あたらしい思い出のもとになる。ちいさな思い出たちをとかして、赤ちゃんが吐く息といっしょに流れ出る。わたしはそれを見えない袋に詰めて、その思い出をもとの世界に返してあげる。
 わたしは歌う。
 子守歌という名の忘れのうたを。
 おおくの人が、いつどこで聞いたかも覚えていない歌があるでしょ?
 それが、忘れうた。
 赤ちゃんのお母さんが、ようすを見に入ってくる。ごきげんなのを見て、お母さんもほほ笑む。そして、わたしの方をちらりと見る。
 おとなには見えないはずなんだけど、ちょっとしたときに見えてしまうんだよね。それと、歌も聞こえちゃうことがあるんだよね。
 そういうとき、おとなは不思議なかおをする。
 そりゃ、そうよね。
 聞いたことがあるはずなのに、思い出せない歌。どこで聞いたんだろうって考えるんだよね。それに、すごくなつかしいはずだもの。
 でも、すぐに気のせいだろうって、お母さんは赤ちゃんのほうを向く。
 さて、あとすこし。
 わたしはまた、歌いだす。
 赤ちゃんの口から、鼻から、目から思い出が流れ出す。
 ぜんぶ終わったら、赤ちゃんはねむってしまう。
 そう、あとすこし。
 もう、ねむそうな顔をしている。
 さあ、もうおやすみなさい。
 これからは、いい夢を見るのよ。
 わたしは赤ちゃんから、そっとはなれる。
 しあわせになってね。
 お母さんも、この子にいい思い出をいっぱいあげてね。
 じゃあね。

 あ。
 また忘れるところだった。
 わたしったら、おっちょこちょいなんだから。
 はい、さいごの仕上げ。
 赤ちゃんに、そっとキスをする。
 これで、赤ちゃんはわたしのことを忘れる。
 こんどは、たのしい人生だったらいいね。
「じゃあね。バイバイ」