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天空の庭はいつも晴れている 第6章 アニスの探索

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 アニスは治療室の方をちらりと見た。尼さんが誰かと話している。忙しそうだ。忍びこんでも見つからないだろうか?
 その時、外で荷車の音がしてドアが開いた。
「尼さんはいるかね、坊や?」
 出入りの商人バフチェリだった。いろいろな種類の薬草の入ったつづらを抱えている。どれも遠方から取り寄せている薬草だ。それを横目に、アニスはドゥラセ修道尼を呼んだ。運んできた薬草は荷車に一杯ある。
「おじさん、荷物降ろすの手伝おうか?」アニスは申し出た。
「おお、助かるよ。」バフチェリは何も疑わず手伝わせてくれた。
 出てきた尼僧とバフチェリが話しこんでいる間に、アニスは運びながら箱や布袋に書かれた文字に目を走らせる。
 探し物が見つかったのは半分ほど荷物を下ろした時だった。ヌマアサガオとマルメ茸はそれぞれ小さな麻袋に入っていた。そこへバフチェリが戻って来た。
「坊や、悪かったな。他にも仕事があるんだろ? ほら、これは駄賃だ」
 そう言って5デケル銅貨を投げてくれた。
 ありがとう、と礼を言って、アニスは怪しまれないように、すぐ施療所を離れた。計画は着実に進んでいた。

 翌日の午後、ドルメンへ行くとルシャデールが険しい顔で待っていた。カズックはいない。
「どうしたんですか?」
「別に……遅かったじゃないか」
 ぶすっとしてルシャデールは口をとがらせ、軽くにらむ。
「ごめんなさい。料理長のケプトさんに引き止められていました。これを、御寮様にって」
 アニスは持っていた小さなふた付きの籠と真鍮製の水筒を差し出した。
「何、これ?」
ルシャデールは受け取ってふたをあけた。中にはハムや野菜を包んだトルハナが三つとチーズ、ゆで卵、それに干しあんずが三つ入っていた。
 さっき昼食を終えて仕事に戻ろうとしたアニスをケプトが呼び止めたのだ。
『御寮様に渡してくれ。最近、ほとんどお食事を召し上がらないんだ。健康な育ちざかりの子供が食べられないなんて、あるはずがないからな。御寮様は午後からたいていお庭にいらっしゃるんだろう? 持って行って差し上げてくれ』と。
「僕にも干しあんずをくれました」アニスはにっこりと、白い小袋を見せた。
 ルシャデールは口をとがらせてうつむき、上目使いに少年を見る。
「よけいなお世話だ」
「心配してくれているんです」
「……せっかくだからもらっておく」
 ルシャデールはその場に座りこむと、不機嫌な表情は崩さずにがつがつ食いつく。アニスはくすり、と笑みを浮かべた。御寮様が養父を嫌っているという噂はアニスの耳にも入っていた。そのせいか、養父の部屋での食事を嫌がって、ほとんど料理に手をつけない、ということも。
(あんなお優しい御前様なのに。御寮様だって、本当は嫌ってはいないんじゃないかな。ただ、あの薔薇園の家のことで、がっかりしたんだ)
 アニスは彼女の向かいにしゃがんで干しあんずをかじった。食べながら、彼は施療所に二つの薬草があることを話した。
「じゃあ、あとは忍び込んで、必要な分をちょうだいするだけだ」
 空腹を満たしてすっかり機嫌のなおったルシャデールはさらりと言った。
「……忍び込んで?」アニスは聞き返した。
「そうだよ。おまえ、まさか尼さんか誰かに、頼むつもりだったのかい? ユフェリに行くので、マルメ茸とヌマアサガオを少しわけてください、って」
「え……いや……」
 そうは思っていなかったが、『忍び込んでちょうだいする』とは盗みに入ることだ。
 彼の躊躇《ためらい》を気にもとめず、ルシャデールは言った。
「今日はもう病人は来ない。だから、今夜、取りに行っておいで。いいね?」
「今夜? えっ! 僕が一人で行くんですか?」
「他に誰がいるのさ」
 屋敷の本棟では、夜九時くらいまで従僕が急な来客に備えて玄関に侍している。ルシャデールが見つからずに抜け出すのは難しい。
「心配ならカズックを連れて行きなよ」
「はい……」アニスはつぶやく。
 心の準備ができていません、御寮様。
「邪魔は入らない。大丈夫、必ずうまくいく」
 そう言い切って、ルシャデールはうれしそうに、にっと笑った。初めて見る、楽しそうな顔だった。その表情にアニスの心はぽーんとはじかれた。胸の奥深くで軽快なメロディーが流れだすような感じだ。
(まあ……いいか)
 知らず知らずのうちに彼も笑みを浮かべていた。

 まあいいか、と思ったものの、実際に忍び込む段になると、怖気づかずにはいられなかった。見つかったら、最低でもご飯抜きは覚悟しなければならないだろう。幸いカズックがついて来てくれたから、不安のどん底というわけではなかった。
『おれは昔話の妖精や魔神じゃない。人間の手下になって働くなんてまっぴらだ。しかも、神が盗みを手伝うのか?』
 一緒に来てくれと頼んだら、カズックは渋い顔をした。結局パストーレン三枚で買収した。
 六月。陽の入りは遅い。夕食を早めにすませたアニスは、小さなランタンを手に人目を避けつつ施療所の方へ近づいていく。狐顔の犬も後ろからついていく。
 施療所で働く尼僧は三人いるが、二人は四時頃に、近くのモトレム修道院へ帰る。一人は急な病人やけが人にそなえて、七時頃まで残っていた。
 それ以降は翌朝まで無人だ。しかし、出入り口は施錠されてしまうし、その鍵は執事ナランの預かりだ。
 他人の部屋から鍵を持ち出すのは、アニスには無理だった。施療所に盗みに入るだけでも抵抗があるのに、他人の部屋へ鍵を取りに行くとなると、荷が勝ち過ぎた。それに見つかった時のことを考えると、あまりに危険だ。
 とすると、尼さんがいなくなる前に、忍びこまなければならない。そして、すみやかに目的の物を見つけ出し、脱出。うかうかしていると、尼さんがカギをかけて帰ってしまい、朝まで閉じ込められることになる。
 勝手口のドアの前で、そっと中の様子をうかがう。物音はしない。もっとも、尼さんの動きは静かで上品だから、ガチャガチャ音を立てたりしないだろう。
「よし、いいぞ」一緒に聞き耳をたてていたカズックがささやいた。
 ドアの取っ手をとり、そーっと開けてみる。誰もいない。アニスはもう少しドアを開ける。
 音をたてないようにドアを閉めた。心臓がバクバクする。治療室の方で音がした。
「あわてるなよ」
 そろりそろりと薬草庫へ近づいていく。体を動かすたびに、筋肉が音をたててきしむようだ。
 保管庫のドアをゆっくりと開け、中へすべりこむ。
「よし、探せ。おれは尼さんが来ないか見張っている」
 ドアは少しだけ開けたままにしていた。カズックはそこから治療室の方を見ている。
 アニスはランタンを掲げて棚の札を見ていく。サフラン、サントリーナ、生姜、賽の目、アルテミシア、丁子、ラバーミント……。札の字は薄くなっていて、小さなランタンの灯では読みづらく、上の方の棚は明かりが届かない。アニスは背伸びしてランタンを掲げる。その時、左袖が柱の燭台に引っかかった。
「うわ!」
 ガラン、ガランと音を立てて燭台が床に転がる。
「誰かいるの?」尼さんが治療室の方からやってくる。
「バカ、隠れろ!」
 カズックに言われるまでもなく、アニスは部屋の隅に置かれた大きなつづらの陰に隠れた。