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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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わたしの草原

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 みどり、みどり……。
 どこまでも、みどり……。
 きらめく陽射しの下、草原はどこまでもみどり。
 空は抜けるように青く、陽射しは限りなく暖かく。
 そして、草原は果てしなくみどり……。
 真っ白な雲が、ところどころに影を落とすほかは、限りないみどりの草原。
 だれもいない。わたし以外、だれもいない。
 わたしのまわりは見渡す限りの草原、そして地平線……。
 風の音が聞こえる。
 さわさわ……、さわさわ……。
 草が揺れる音。大地のささやき。
 だれかが、わたしを呼んでる。
 だれ?
 こたえはない。風がまた、野をわたる。
 さわさわ……。
 わたしのまわりで草がささやく。
 空耳?
 まさか……。
 空は青く、草原はみどり。
 なにもない。だれもいない。
 なにごともなかったかのように、風がわたしの髪を揺らして通り過ぎてゆく。
 なにも、心配はいらない。
 まるでそう言っているかのように、風が頬をなでる。
 心配はいらない。そう、なにも……。
 雲が流れる。かたちを変えて。
 そして、またあの声。
 だれ? わたしを呼ぶのは……。
 どこにいるの?
 声なのか、それとも風のいたずらなのか、わからない。
 わたしにはわからない。
 風がまた、わたしのまわりを笑いながら通り過ぎていった。

 妙に薄暗かった。
 ここは、どこ?
 先刻までの草原は?
 あの暖かだった陽射し、それに優しい風は?
 それらのすべてが、いまは失われていた。まるで瞬時にしてなにもかもが輝きを失くしてしまったかのように。
 あの草原は、どこへ行ってしまったの……?
 澱んで、暗く沈んだ空気が、あの清冽な大気に代わってわたしを包んでいた。
 わたしはしばらくのあいだ、放心していた。
 小鳥のさえずりが、かすかに聞こえてくる。
 ああ、そうなんだ……。
 そう、ここはわたしの部屋なのだった。
 そうと気づくまでには、多少の時間が必要だった。
 わたしは深いため息をついた。
 また、あの夢を見てしまった……。
 もう、何度目になるのだろう。あの夢を見るのは……。
 ただ広いだけの草原と青空の夢。そう言ってしまえば、ただそれだけの夢なのだった。
 首を伸ばして、机の上に置かれた目覚まし時計を見る。元来寝覚めの悪いわたしは、アラームが鳴っても、無意識のうちに止めて、再び眠ってしまう。だから、わざわざベッドから離れた机の上に置いてある。時計の針は五時二十五分を指していた。アラームが鳴るまで、まだ一時間ほどもある。
 いやに中途半端な時間に目が覚めたものだ。
 でもこれは、あの夢を見たときのお決まりのパターンだった。あの夢を見た朝は、だいたい五時半頃に目が覚める。それに、いつもは寝起きの悪いわたしが、その朝に限って妙に爽やかな気分でいられるのも。
 レースのカーテンを透して、朝のまだ弱い光が部屋の中をぼんやりと浮かび上がらせている。
 わたしはベッドから抜け出すと、カーテンを思いっきり開け放った。
 窓を開けると、冷んやりとした風がわたしの全身を包み込む。たいてい、これで完全に目が覚める。
 早朝の蒼い大気に包まれた町は、いつも見慣れた光景でありながら、まるで別の世界のようだった。これは、あの夢を見るようになってからの、わたしのささやかな新発見だった。
 小鳥のさえずりしか聞こえない中を、遠くからバイクの音が近づいてくる。
 動いては止まり、また少し動いては止まり。
 そう、それは新聞配達だった。いつも、この時間と決まっている。
 これも、あの夢を見て、こんな時間に起き出すようになってからの発見のひとつだった。
 角を曲がって、バイクが姿を現す。広いともいえない道路を右へ左へ、まるで足元のおぼつかない酔っぱらいのように近づいてくる。
 わたしは、あの新聞配達人が意外に若いということを知っている。わたしの家からよく見えるところに煙草屋があって、そこが新聞配達の人たちの休憩所のようになっているからだ。少しの間、そこで缶コーヒーなどを飲んで、彼らは再び仕事に戻るのだった。
 カタン。
 郵便受けに、朝刊が放り込まれる音。
「ごくろうさま」
 わたしは小さく呟いた。
 そして、バイクは先刻までと変わらぬ調子で、少しずつ遠ざかっていった。
 窓際を離れて、わたしは椅子に腰を下ろした。
 机に頬杖をつき、軽く目を閉じる。
 それにしても、わたしはもう何度あの夢を見たことだろう。そして、これから先、何度あの夢を見なければならないのだろう。
 と言うのも、あの夢が、あれだけで終わりだとは、とても思えないからだ。
 いつも同じところで目が覚めてしまう。
 同じところと言っても、ただ無限の草原と青空しかないのだが。
 どうして……?
 夢の中でのことを、起きてからあれこれと考えてみたところでどうにもならないのは、よくわかっている。でも、どうしても気になるのだ。
 いやに中途半端で、心に引っかかる終わり方だからかも知れない。
 わたしはあの広い草原の中で、何かを探そうとしている。そう、あの呼び声の主を。
 見渡す限りの広い草原、そして青い空。あんな光景を、わたしは現実には知らない。
 もちろん、海外旅行のパンフレットや何かで見たことはあるかも知れない。でも、実際にそこへ行って、この目で見たことはなかった。
 柔らかい風や、暖かい陽射しに火照った頬の感覚までも、わたしは思い返すことができる。それらは現実に感じたことでもないのに、思い出すたびに奇妙な懐かしさすら、わたしは覚えるのだった。
 普段のわたしは、いたって普通の女の子なのだから、あんな風景のところに、ひとりで出向いたりすることなんてない。それに、あんな場所は、世界中どこを探したって、ありはしないだろう。
 ひとり旅には憧れていても、それを実行に移すだけの勇気も行動力もない、引っ込み思案の女の子。あくまでも、それが実際のわたしの姿だった。なのに、わたしは夢の中では草原にひとり取り残されて、何の不安も恐れも感じてはいない。むしろ、ほのぼのとした安らぎのようなものに、どっぷりと身を浸しきっているのだった。
 それは、どういうことなのだろう。
 見渡す限り、わたしを取り囲む草原。
 少しくらい歩いたところで、どこにもたどり着けそうにもないほどに、広い草原。
 一本の樹もなく、草原に影を落とすのは、ちぎれた綿雲ばかり。そんなところで全身に陽を浴びていて、本当なら日射病にでもなってしまいそうなものだが、その陽射しすら、まるでいたわるように優しいのだった。
 わたしは腰まで草に埋もれて、そこにぽつねんと立ちつくしているだけ。
 風が野をわたり、まるで広い海原のように草原が波打つ。そしてその風は、とても柔らかだった。
 風が柔らかい……。
 それはあの夢の中で、初めて知ったことだった。
 わたしはあの夢の続きを見たいと思った。
 あれはきっと、何かの始まりのような気がしてならない。
 なにもない始まり。
 無から始まる。そう、なにもかもが。
 以前、理科の先生が余談で言っていたことを思い出した。
作品名:わたしの草原 作家名:泉絵師 遙夏