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短編集55(過去作品)

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 一回の裏の攻撃はあっという間に終わってしまう。全員が三振だった。バットにかすることすらできず、完全に圧倒された。
「これが実力の違いなのか」
 スピードボールだけは、なかなかまぐれで打ち返せるものではない。何といってもキャッチャーミットにボールが収まってからバットを振っている有様である。
「一か八かでヤマを張って、バットを振るしかないよな」
 そんな空気が漂い始めた。嫌な予感が脳裏をよぎる。
 それが的中したのはすぐだった。
 気がつけばあっという間にヒットを打たれて、次の打者にバントで送られる。ランナーが二塁に行くと、こちら側は浮き足立ってしまって、気がつけばヒットで一点取られていた。電光石火のごとくである。
 最初のイニングの自信はもろくも崩れ去った。怒涛の攻撃を受けて、その回は一気に五点取られて終了した。
「やっぱりこんなものだね。試合にはならないか」
 諦めムードが漂っていた。
「そんなことはないさ。俺たちには俺たちの野球があるんだからな」
 監督がゲキを飛ばした。池田もその通りだと感じ、何度も頷いている。
――俺たちの野球――
 考えてみれば、そんなものありはしない。だが、監督の一言で吹っ切れたのか、皆落ち込むことはなかった。
「勝ち負けは問題じゃないさ」
 そう言いながら、試合に臨んでいた先輩たち、勝ち負けを超えた野球をしてくれそうな予感があったのだ。
 それにしても気が楽である。相手は優勝候補、負けて当然と思っていると、何でもできる。バッターボックスに入ってホームランしか狙っていない大振りが目立つ。相手ピッチャーにしてみれば、そんなバッターを料理するなど楽だろう。見下ろしてくるような気持ちで投げているに違いない。
 イニングも進んで、コールド負け寸前になると、監督はベンチに入っている選手を次々に使い始めた。池田も代打に出してくれた。
「いいか、三振してもいいから、思い切り三回振って来い」
 と背中を叩かれた。
「はい」
 三振してもいいなどという指示もおかしなものだが、聞こえないように耳打ちして、二人で相手投手を睨みつけることで、目に見えないプレッシャーを与えているつもりだった。 それでも相手エースは百戦錬磨の優勝候補チームのエース、そう簡単にプレッシャーなど掛かるものではない。表情はまったく変わりなかった。
 テレビで見ているうプロ野球のクローザーの表情に似ている。顔色、表情一つも変えず黙々と自分に与えられた仕事をこなしているように見える。特に何を考えているか分からない表情は、同じレベルの選手であれば、非常にやりにくいに違いない。
 一球目が投じられ、監督の言うとおり思い切り振った。勢い余ってバッターボックスの中で尻もちをつくほどひっくり返ってお尻を押さえていると、観客からの笑い声が聞こえる。
 池田はさすがにバツが悪そうに頭を掻いてスタンドを見ると、皆楽しそうに笑っている。惨めな転倒ではあったが、まわりを和ませたのは嬉しかった。自軍のベンチまで笑っている。
「寒いぞー」
 味方からもやじられたが、なぜか悪い気はしなかった。何しろ監督からも、
「いいか、三振してもいいから、思い切り三回振って来い」
 と言われてバッターボックスに立ったのだからである。
 ユニフォームについた土を払いのけて再度バッターボックスに立って、相手投手を再度見る。すると、先ほどとまったく顔色は変わっていない。
 相手ベンチも見てみた。
 ベンチ内もまったく先ほどと変わっていないではないか、もちろん守っている野手にしてもそうだ。彼らだけが、和んだ雰囲気がまったくない。
 表情は必死というわけでもない。点差を考えても相手の楽勝ムード、焦ることなどまったくない展開である。
――人間相手に試合しているって感じしないよな――
 無表情が彼らの真剣な顔なのだろうか。それも少し違う気がする。池田のチームは、彼らが真剣な顔で相手するチームではない。それだけチームレベルには天と地ほどの差があるのだ。
――試合に負けても悔いはないが、彼らの真剣な顔を見れなかったのは悔いが残るかも知れない――
 そんな風に感じた。
 そういえば、この試合で彼らの表情が変わるところを見たことがない。
 野球にしてもオーソドックスな試合展開で、ランナーが塁に出れば、必ず送りバント、三塁に行けばスクイズもやってくる。完全に格下のチームに対して、それは真綿で首を絞めるような仕打ちである。
 それでも首を絞められたことに気付いていないほど実力に差がある。
「ほう、うちに対してもスクイズをしてくるかね」
 手堅い作戦だと気付いていても、こちらにショックはない。作戦としては中途半端な効果であろう。
 選手はどんな気持ちなんだろうか。
 相手は格下。どんなことをしても負けるはずがないと思っているだろう。それだけの実力、練習量を積んできているはずだからである。
「こんな連中にスクイズなんかいらないさ」
 皆、そう感じているに違いない。
 しかも表情一つ変えないのも不自然だ。一人だけというのならいざ知らず、全員ということは、きっとチームの練習の中で表情を変えないようなメニューがあって、チームの気風がそうなっているのかも知れない。
 彼らには彼らの野球があるのだろうが、それではあまりにも面白くないと言えないだろうか。
「投げて打って守って」
 これが野球の基本であって、今も昔も、そして強いチームであっても弱いチームであっても変わりないのは、この基本だけである。
「だったら、楽しまないと損だよな」
 これが池田のチームのカラーであった。
 せっかく観客がいて応援してくれる人がいるのだから、目立ちたいと考えるのが当然である。目立つにはバントやスクイズではなかなか目立てない。空振りしてもいいから、思い切り振った方が目立てそうに思う。
「バントなんて、ただの歯車さ」
 本当はそんなことはないのだろうが、弱小チームには、バントという文字は辞書にはない。特に胸を借りるつもりでやっている相手には全力でぶつかるだけだった。
 やっていて実に楽しかった。笑いがこみ上げてくるくらいだ。さすがに笑ってしまっては緊張感がなくなるのでそこまではしなかったが、緊張感もそれなりに楽しかった。
 その打席は何とか粘って、最後にはヒットで出塁できた。
「まさかヒットが打てるなんて」
 一塁ベース上では、それまで抑えていた笑いが止まらなかった。相手投手へ笑顔を向けると、二度と彼は目を合わせようとしない。牽制球すら投げてくることはなかった。まったく無視していたのである。
 ベース上にいたのは、ほんの二分程度のものだったかも知れない。ツーアウトだったので、次の打者が三振に切って取られて、試合終了だった。
 相手チームは勝っても無表情だ。その顔に、
――勝って当然――
 という見下したような表情すら見られない。見下したような表情をされると負けて悔しいという思いが出るだろうに、それがないのだ。本当は池田にしてみれば、負けて悔しい思いをしたかった。それすらさせてくれない相手チームが恨めしかった。
――何を楽しみに野球しているんだろう――
作品名:短編集55(過去作品) 作家名:森本晃次