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短編集55(過去作品)

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 地味だと思うゆえんは、そのあたりにあるのかも知れない。物足りなさを感じながらでも、ハッキリと別れてしまうことを心のどこかで恐れていることから自然消滅するのである。
 正面切って話をしていると、どこか会話がなくなってくる、高校の頃まではすぐに別れる原因になっていたが、高校を卒業し、最初に付き合った大学生から初めて抱かれた。
 典子は、一人の男性と付き合う期間は短かったが、男性がそばにいない時期は意外と少なかった。
 一人の男性と自然消滅すると、物足りなさを感じている間に、気がつけば他の男性が近くにいることが多い。そのまま付き合い始めるのだった。
 中途半端な気持ちだったのだろう。自然消滅というのも、意外と心の中に大きな隙間を作ってしまう。
――やっぱり一人がいいんだわ――
 と思いながらも、
――でも――
 と自分の中に疑問を投げかけていた。
 大学に入ると、性格も一変した。それまでの物静かな性格から、少しずつ喋るようになり、友達ができると、会話をしていて時間の感覚が麻痺してしまうほど楽しい時間を過ごせるようになっていた。
 自分では自然だと思っていたが、まわりは明らかに典子が変わったと意識していたようだ。それは女の子にしても男の子にしてもそうだった。まさか、典子がその時まで男性経験がないと思っている人は少なかったに違いない。
 大学に入って初めて付き合った人は、高校の先輩だった。
「やあ、赤坂さんじゃないか」
 キャンパスを一人で歩いていると、後ろからふいに声を掛けられた。
 高校の頃に入っていた美術部の先輩が後ろから声を掛けてきたのだ。
 当時、目立つことがなく、まわりに地味な女の子というイメージを植え付けていた原因の一つに、所属が美術部だったことにある。典子の通っていた学校の美術部は、入りたくないクラブの一つに上げられていた。何よりも活動が地味で、入ってくる部員も物静かな人が多かった。
 しかし、実際に中にいると、まわりで思っているのとは少しイメージが違う。やはり、表から見るのと中から見るのとでは大きなビジョンの違いがあるようだ。
 暗く見えるのは、皆それぞれ自分の考えを元に行動しているからだ。協調性がないといえばそれまでなのだが、しっかりした考えをそれなりに持っているのは悪いことではない。
 それを個性と呼ぶことに気付いたのは、自分で自信が持てる作品を作ることができるようになってからだった。
 美術部に入ったきっかけをハッキリ覚えているわけではないが、案外、大した理由ではなかったはずだ。それだけに自分の作品に自信など生まれるわけもなく、ただ部活というだけで作品を作っていた。
 それでもそれなりに自信の持てるものを作り上げられるようになると、自分の中に個性を感じられるようになる。そう思ってまわりを見ると個性の豊かな作品を作っている人の個性を感じることもできる。
 気持ちに余裕ができたのだろう。自分に自信が持てるようになるということは、自分に余裕を持てるようになるということと同じであると分かってきた。
 声を掛けてきた先輩は、部長までこなした人で、作品がどれほどのものかは別にして、個性豊かな部員を何とか纏めていた手腕は、さすがと感じていた。
 個性豊かな人たちからは、何かを始めるにしても反対意見はないだろう。だがそれだけに何かをすると、責任はすべて部長に跳ね返ってくる。単独行動に見られがちだからだ。成功しても誰からも敬意を表されることもない。恵まれない立場であったことは典子にも分かっていた。
 彼の名前は橋爪啓二という。啓二は高校を卒業してから典子が入学することになる大学に進んだのは知っていたが、卒業していく時も相変わらず地味で、他の先輩と同じように何かを言い残すこともなく卒業していった。
――彼の人生の中で卒業と入学がそれほど大したイベントではないのかも知れない――
 と感じたほどだった。
――私も卒業していく時は同じ気持ちになるのかしら――
 実際に典子が卒業した時も、これと言って大きな感動もなかった。
 しかし、大学のキャンパスに足を踏み入れた瞬間から少しずつ考えが変わってきた。地味ではあるが、友達を徐々にでも増やしたいと思っていた。
 なるべくなら地味な性格を払拭したいとも思ったが、性格をそう簡単に変えることができないことは分かっていた。分かっているからこそ地味な性格だったとも言えるだろう。変えられるものなら高校の頃から変えようという意識があったはずだからである。
 大学に入ってから美術部に入ろうという意識はなかった。美術は高校までと決めていたわけではないが、新しいことをしてみたいという気持ちがあったのも事実である。
 大学の正門から校舎までの道のりにはサークル勧誘の出店がところ狭しと並んでいる。
 幟や旗が掲げられていて、人気のありそうなサークルには絶えず何人かの新入生が座って説明を受けている。
 歩いていると、たくさんの先輩が声を掛けてくるが、あまり露骨に声を掛けられると、却って引いてしまうのも典子の性格だった。
――どうせなら、自分から聞いてみたいと思うところでないと嫌だわ――
 あまりしつこい勧誘だと露骨に嫌な顔を見せる。ほとんどが恐縮したように引き下がっていくのだが、人によっては、睨み返してくる先輩もいる。
 やりすぎたと思う反面、
――これでいいんだわ――
 と自分に言い聞かせる。下手に思わせぶりな態度を取ると、相手も労力を使うし、こちらも嫌な気分になりかねない。お互いにいいことなんてないのだから。
 出店の花道を通り過ぎると、大学が戻ってくる。静かなキャンパスの一面を垣間見れるのだが、そこで声を掛けてきたのが先輩だったのだ。
「橋爪先輩、お久しぶりです」
「本当だね。一年ぶりだよね。覚えていてくれたんだね?」
「ええ、もちろん」
 不思議なことを言う先輩だと思った。
 先輩が卒業してからまだ一年くらいしか経っていない。たった一年で忘れるはずもないというものだ。
 確かに高校三年生というと、受験に必死になっていた。毎日が同じことの繰り返しのようで、曜日や日にちの感覚も麻痺してくる。
 当然精神的に苦しい時期もあった。
――一体毎日何をしているんだろう――
 と感じ、孤独が襲い掛かってくる。
 孤独が嫌いというわけではないが、後ろからのしかかってくる見えないプレッシャーの中で感じる孤独は、容赦なく押し潰してきているような感覚に襲われる。それを何とか乗り切ってこられたのは、自分でも不思議で仕方がない。
 朝、目が覚めて、視界が黄色く見えることがあった。精神状態が少し違うことは分かっていたが、それが自分にとっていいものなのか悪いものなのか分からない。それでも、高校三年生の時は、
――これ以上悪い精神状態になることはないんだ――
 と思って自分を戒めていた。それだけに黄色く見える精神状態は悪いものであっても、それ以上苦痛を味あわせるものでないことも分かっていた。
 気持ちに少し余裕を持てる一日だったのかも知れない。朝から黄色い視界の日は、意外と何があったのか、後になって覚えていることが多かった。
作品名:短編集55(過去作品) 作家名:森本晃次