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短編集55(過去作品)

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 とカツを入れる選手が出てきてもいいのだろうが、誰もが同じ心境、こうなってしまっては、もうどうしようもない。気がつけば試合も終わっていた。
 選手整列では、相手チームの顔を見ることさえできないほどの惨めな敗戦。一回戦でコールド負けするよりも情けない心境だった。泣くことさえ億劫で、終わってホッとしたのが心境だった。
 しかし不思議と悔しさがこみ上げてこない。
「負けちゃった」
 気分はまるで他人事。自分たちが野球をやっていたことさえ、その時は信じられないくらいだった。
 一夜明けて、選手は意外と落ち着いていた。
「これからは受験勉強に専念できる」
 と、野球のことを完全に頭から外していたくらいだ。
 池田もそうだった。勉強に打ち込んだ。それはまるで何かを忘れようとするエネルギーが働いていることに気付いていた。それが野球であることは分かっていた。
 忘れなければならないこと。それは決勝戦での惨めな敗退だろうか。
「いや、あの試合は惨めだったけど、冷静に考えると、あれも野球だったんだ」
 と今までとは違う野球というものを経験したという事実だけは自分の中で受け入れていた。負けてしまったことへの悔しさというよりも、逆転されてしまうまでと、逆転されてからの自分たちが正反対の立場から野球と接していたことに対して、後から考えると興味があるのだ。
 それを忘れたいと思うのも、不思議な心境だった。忘れることはできないだろうが、受験に必要なことではないと思う。
 しかし、勉強に集中すればするほど、あの時のことを思い出す。そして、辛くなかったはずのあの時を思い出すと、
「あの時よりも、受験勉強の方が楽ではないか」
 と感じてしまう。
 楽という言葉が適切かどうか分からないが、野球で培ってきたものがあるから、受験勉強も頑張れるという自負がある。では、決勝戦での惨めな思いはどこに結びついてくるのだろうか。
 秋に向うと、表が涼しくなって、精神的にも余裕が出てくる。そういえば、池田たちに勝って甲子園出場を果たしたチームは、一回戦で惨めにも大敗をしてしまった。得点差は予選の決勝での得点差に似ていた。だが、決定的な違いは。最初から勝負がついていたということだ。初回から実力の差が歴然で、終わった時の彼らがどんな心境だったのか聞きたかった。
「俺たちとは、きっとまったく違った心境なのかも知れないな。何しろ地区代表という誇りが強かったはずだからな。失うものも結構あったはずさ」
 チームメイトはそう言っていたが、そういえば池田は高校野球で何を失ったというのだろう。ピンと来なかった。
 高校野球を見る目の中に、実はその時の決勝戦で対戦し、甲子園出場を果たした選手がいる。彼はそのことを隠しているので知っているのは池田一人であった。
「どうして隠しているんだい?」
 と聞くと、
「甲子園出場が決まった時、まるでお祭り騒ぎのようだったのを覚えているかい?」
「ああ、すごかったよな」
 彼らに限ったことではないが、学校の正面の壁には「祝 甲子園出場」の垂れ幕が掲げられ、武勇が讃えられて甲子園に送り出される。壮行会が催されたり、出発の時の駅には大勢の見送りの人が来てくれていたりと、完全に英雄気取りだった。
 だが、結果は一回戦での惨めな敗退。彼らは彼らなりに一生懸命にやったはずなのに、そんな彼らへの目は冷ややかだった。
 大敗することがなくとも、負けて戻ってきたものへの目は冷ややかである。それでもベスト四くらいまでいければ少しは違うだろうが、彼らへを迎えるものは何もない。
 野球をやめてしまった人もいるようだが、さすがに彼は大学までは野球を続けた。池田といいライバルだった。
「別に甲子園に出たことまで隠しておくことはないだろう」
「いや、惨めな思いをしたのは間違いのないことさ。分かってくれる人なんか少ないさ」
「そうなのか?」
「一度、話をしたことがあったんだが、その時に俺の本心を鋭くついてきたやつがいたんだ。彼からすれば他意はなかったのかも知れないが、俺からすればショックさ。人間というのは、人から本心をグサリとつかれると、そのショックが尾を引くものさ」
 テレビの高校野球の試合を池田と一緒に見ていた彼はテレビを漠然と見ていた。完全に他人事で、池田の方まで彼がかわいそうに見えてくる。
 その時、彼がテレビのアナウンサーの声に反応した。
 画面は悪夢のエラーで逆転負けをしたチームを映し出している。まわりの人は、
「あぁ〜あ」
 とため息を漏らしているが、その声は終わってしまったことで急に他人事になってしまった冷たさを感じた。
「甲子園には魔物が住んでいますからね」
 解説者のその言葉に反応したのだ。
「魔物? それは甲子園に住んでいるんじゃなくて、選手以外の皆に住んでいるのさ。選手にはそれが分かっているから、選手は誰も何も言わないのさ」
 彼の横顔に魔物を見た池田だったが、その時の池田が自分でどんな表情をしているのか、見たくて仕方がなかった。
「死にたくなる心境、それは魔物がいるからさ」
 彼のその時の顔を、池田はしばらく忘れることができなかった……。

                (  完  )

作品名:短編集55(過去作品) 作家名:森本晃次