小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

最後の電話

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
最後の電話





朝の忙しい時間帯だというのに、急に彼女の声が聴きたくなった。

携帯電話を片手に歯を磨く。トーストの焼ける匂いがしてくる。受話器を当てた左耳で、呼び出し音が鳴り続けている。

立ったままの朝食。独り暮らしを始めてから、ちゃんとテーブルに着いて食事をすることは少なくなった。電話は肩と耳で挟んだまま。呼び出し音は鳴り続けている。

…… まだ、寝てるのかな?

スーツを着て、家を出る。今日は雨だ。左手に傘を持ち、右手にケータイ。カバンは傘の柄に引っかけている。鳴り続ける呼び出し音。

…… 早く、出てくれないかな。。

地下鉄に乗り込む。周りの乗客たちが、オレを見て笑っているような気がする。呼び出し音は依然として鳴り続けている。

「…… もしもし」

やっと、彼女が電話に出た。

「ああ、オレオレ。ごめん。寝てた?」
「うん。今、起きたとこ。今どこにいるの?」

そこで、通話が途切れた。

電池切れだ。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



のちのち思い返したとき、これが、オレが彼女にした最後の電話だったと気付く。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



「…… で、充電がなくなっちゃったってわけね?」
彼女はアイスコーヒーにガムシロップを混ぜながら、オレを呆れ顔で見ている。

オレは何も返す言葉がなかった。
店内の、どこを見るともなく視線を泳がしていた。

「だから、ユウちゃんも早く“人電”にすればいいのに。ユウちゃんぐらいだよ、あたしの周りで、未だにケータイ使ってる人って」


…… 三年ぐらい前に発売された“人体内蔵型電話”は爆発的に普及した。
“人電”とは、耳と喉に埋め込んで使うハンズフリー型の電話のことだ。

詳しいことは知らないが、耳に埋め込まれたマシーンにより、着信音や通話音声は自分の耳に直接響くようになるため、周りにはまったく聴こえないらしい。

画期的だったのは、声を発せずとも通話可能であることだった。

詳しいことは知らないが、喉に埋め込まれたマシーンにより、脳から喉へ伝わる“しゃべるときの信号”をキャッチして、発した音声が通話相手にそのまま転送されるらしい。

ようするに、通話中のしゃべり声は周囲に一切聞こえることはないし、どんなに騒音に包まれた場所にいたとしても通話相手には自分の声しか聞こえない、ということらしい。

文字通り“いつでもどこでも電話ができる”を可能したこの画期的な発明は、社会現象になった。発売からわずか二年半で、シェアは九割に達する ……


「そんなこと言われても困るな。べつに、ケータイのままで困ることもないし」

オレは、残り一割のケータイユーザーだ。

ケータイを使い続けている理由はいくつかある。
“人電”導入時には、耳と喉にマシーンを埋め込むための手術が必要なのだ。
所要時間はニ十分程度らしいが、ピアスを開けることさえ抵抗感のあるオレにとっては、それだけでも“人電”を拒む理由としては充分だ。

もうひとつ、“人電”には別途専用のモバイル端末が必要となる。アドレス管理やメール送信、WEBやワンセグの閲覧、これらは従来のケータイと同じ仕様なのだ。
つまり、電話の機能だけを身体に埋め込むこととなる。
今までひとつだったものをわざわざ二つに分けて使うなんて、意味が分からない。
二つに分けたことで、両方に対してそれぞれ充電をしなければならず、これも面倒だ。
そもそも、オレは電話をそれほど使わないのだ。メールだけあれば充分なのだ。
よって、“人電”に替えるメリットがまったくない。

…… 嘘だった。

すべて、後付けの理由だ。
本当のことをいえば、オレはただ、面倒くさかっただけだった。
友達に誘われて何度か手術に行く機会はあった。だが、急用が発生したりだの偶然が重なり、ことごとくそれらの機会を逸してきたのだ。
気付いてみると、周囲の者は全て“人電”ユーザーになっており、自分だけが取り残された状態になっていた。
独りだけ出遅れたかたちで手術に行くということが、オレのプライド的に抵抗感が強く、それも面倒くささに拍車をかけていた。

「いいかげん意地張ってないでさ、一緒に手術しに行こうよ。あたしも付き添いで行ってあげるから」

彼女はいつもこう言ってくれる。言葉づかいとは裏腹に優しい女だ。付き合ってから半年ほど経つ。
付き合い始めから彼女は“人電”ユーザーだった。
オレがいくらメールしても、返信メールをくれることはなかった。返事はいつも電話だった。彼女も昔はメール中心だったそうだが、“人電”に替えてからはすっかり電話中心になったらしい。

「ね? なんなら今から行ってもいいよ。どうせこの後ヒマだしさ …… あ、ちょっとゴメン」

どうやら、電話がかかってきたようだ。
彼女は右の耳たぶに付いたピアスのようなボタンを押した。それが通話ボタンらしい。
さっきまでひっきりなしに喋っていた彼女は、急におとなしくなった。
耳たぶのボタンが点滅し始めた。通話中ということだろう。

傍から見れば、彼女の口が微かに動いている。それがオレには不気味に見えた。
そのまま、1分ほど待つ。

「電話、誰からだったの?」
電話が終わった後、そのまま帰り支度を始めた彼女に尋ねた。
「ゴメン、ちょっと、友達がトラブっちゃったみたいでね」
彼女は申し訳なさそうに言った。
「いっしょに行ったほうがいいか?」
「大丈夫だよ。女同士の話だからね」
そう言って彼女は、レシートを持って先に店を出た。

ひとり取り残されたオレは店内を見回す。何人か“人電”で通話している姿が見えた。

…… 最近、こういうことが続いている。これで三回目だ。
急な電話でデート中断、そんなに何度も友達のトラブルって起きるものだろうか ……

「…… いっしょに行くんじゃなかったのかよ、手術」
思わず独り言が漏れた。
ふと、“人電”に替えればこんな独り言も気にならなくなるかなと思った。
ひとりでいるときずっと通話中にしておけば、それも可能なのだろう。

それがなんとなく、トリガーになった気がした。

これから手術しに行こう。
突然、そんな決心が固まった。
そう思って立ちあがった身体が、とても軽く感じた。
なぜか晴れやかな気持ちというか、開放感があった。

今日からオレも“人電”ユーザーになろう。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



手術は本当にあっという間だった。

オレは晴れて“人電”ユーザーとなった。
純正のモバイル端末も同時購入。今まで使っていた携帯電話から電話番号もアドレス帳もそのまま引き継ぐことができた。ケータイの機種変更と同じだった。
そして今、機種変直後と同じようなワクワク感に包まれていた。

充電は専用の錠剤を飲むだけ。
ケータイの機種変直後とは違い、これならすぐに使いまくれる。
作品名:最後の電話 作家名:しもん