小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

死がもたらす平衡

INDEX|2ページ/45ページ|

次のページ前のページ
 

 それでも、吾郎には厳しい批評だったようで、少し落ち込むことが多かった。それまで誰にも見せたことのない作品を見られたことへの恥かしさも手伝ってか、なかなか表に出せない性格が、災いしているようだった。
 二人の仲がよくなったきっかけは、良枝のシナリオが、演劇部で評価され、シナリオコンクールに応募を促され、応募してみたところ、佳作ではありながら、評価された時のことであった。
「大賞じゃあないところが、良枝らしいね」
 と、演劇サークルの仲間から冷やかされていたが、元々プロになろうなどという夢を持っているわけではなかったので、皮肉を皮肉とも思わない良枝の性格が、吾郎には新鮮だった。
 一番好きになってほしいところを好きになってくれた吾郎に、良枝も元々淡い恋心のようなものを抱いていたのが、形となって現れた気がした。吾郎の優しい性格が、良枝の少しうちに籠ってしまう性格を包み込み、暖かな気分を与えてくれる。二人の関係は、そこから始まったのだ。
 二人でささやかなお祝いをした。大学の近くにあるバーに二人で初めて入ったのだ。バーのような場所は、行ったことがなかったが、行ってみたいとは思っていた。一人でゆっくりとできる場所を求めているのは、大学に入ってからずっとで、一人自分の部屋にいるのとは違った雰囲気を与えてくれる一人の場所、そんな場所がほしかったのだ。
 行ってみようと言い出したのは、良枝の方だった。良枝もバーには行ってことがないという。テレビドラマなどのシーンで憧れていたし、自分の作品に書いてみたいという意識は、二人の共通の感覚であった。
「あなたなら、きっと感じてると思ったわ」
 と、良枝が言えば、
「もし、行くとすれば、良枝と一緒に行ってみたいと思っていたんだ」
と、吾郎が答える。
 良枝を呼び捨てにするのは、結構最初の方からであった。女性と二人きりになるのに慣れるまでは時間が掛かったが、慣れてくると、すぐに呼び捨てにしていた。気持ちの盛り上がりに関しては、二人とも、強いものがあったに違いなかった。
 良枝の書くシナリオは恋愛モノが多かった。良枝の恋愛モノに、あまり大げさではない吾郎が書くミステリー、その調和がバランスよく作品の中で育まれ、主婦や学生に受けるライトなストーリーが受けたのだった。
 良枝はしばらくすると、シナリオを書くのを止めたが、吾郎の方は、いまだに小説を書き続けている。
「私は、プロになる気もないので、シナリオはそろそろ卒業しようと思うの」
「じゃあ、何をするんだい?」
「絵を描こうかって思っているの。デッサンのような簡単なのでいいんだけどね」
 良枝は、佳作とは言え、結果を出したことで、シナリオの世界に興味がなくなったようだ。もっと他のことでも結果を出したいと思うようになったのか、それだけある意味ではたくさんの欲を持っているということなのかも知れない。
 吾郎は、小説家になりたいと思っているわけではないが、結果を出したとしても、それ以上を求めるかも知れない。せっかく一生懸命に頑張っているんだから、やめたりはしないだろうと思っている。良枝の潔さが、吾郎には分からなかった。
 良枝は、吾郎と付き合い始めたのは、良枝がシナリオをやめて、デッサンを始めてからだった。それまでは普通の友達関係だった。シナリオと小説。同じようなモノを趣味にして、お互いに目指しているものが似ていることで、恋愛感情はお互いに浮かんでこなかった。
 どちらかが好きになるということもなかったのだ。まるでお互いに「よきライバル」という形が、しっくりきていたのだ。
 良枝は、自分が吾郎から好かれるタイプではないと思っていた。吾郎の好きな女性のタイプは、もう少し明るくて、自分を引っ張ってもらえるような女性に憧れていると思っていたのだ。
 逆に吾郎も、良枝に対して自分がタイプだとは、どうしても思えなかった。好きな人を見ると、吾郎は照れ隠しで、まともに相手の顔を見ることができなくなるからだ。
 良枝は相手のそんな気持ちが分かるほど、男性慣れしていなかった。吾郎と話をしているだけで、それだけで楽しいという思いは、淡い恋心として、自分が書いたシナリオに残されていた。
 ただ、その作品が佳作に選ばれたわけではない。良枝としては、自分だけの世界として取っておきたい気持ちもあり、どうしても贔屓目で見てしまうことで、賞をもらえるような作品にはならなかったのだ。
「良枝の作品を見ていると、時々、僕の作品と似たところがあるような気がするんだ。ひょっとすると、目線の高さが同じかも知れないね」
 と、吾郎は言っていたが、それは良枝も感じていた。だからこそ、自分の作品に、吾郎の発想を少しエッセンスとして混ぜ合わせることで、賞をもらえる作品が書けたのだと思っている。
 吾郎の作品も、決して悪いものではないと思うのだが、小説界の動向が果たして吾郎の作品にマッチしたものなのかどうか、疑問であった。どうしても、こじんまりとした作品であれば、ライトなものを求められるのだろうが、吾郎にライトな作風を求めるのは、無理だった、
 ハードボイルドやサスペンスのような作品を描けるわけもないと思うが、それ以上に、ライトな作品を書く吾郎というのは想像がつかない。
 性格の真面目さが、作品をライトな方に向かわせない。ライトな作品を書く発想が、彼の真面目なイメージから湧いてこないのだ。
 それはまわりが見ていても同じことで、少しでも吾郎を知っている人がいて、彼の小説を読めば、ライトな作品を書けるはずなどないと、誰もがいうに決まっている。
 大学時代までの吾郎は、ほとんど性格が変わるようなことは何もなかったが、卒業して就職すると、少し変わってきたようだ。
 真面目な性格なので、間違いがないかというと、そんなことはない。仕事を始めれば、ミスが多く、先輩社員から怒られる毎日だった。研修期間中は、まだ許されていたものが、一年経っても、同じミスを繰り返しているようでは、埒があかない。
 ただ、二年目のある時から、吾郎のミスはまったくと言っていいほどなくなった。それまでの業務内容がウソのよう、スピードも正確さも、今までにないほどの成長ぶり、もう少しで、上司から業務失格レッテルを貼られて、どこか別の部署か最悪、へき地に転勤させられるかのどちらかだった。
「お前は、切羽詰らないとできないタイプなのか?」
 と、飲み会の時上司に言われて、苦笑いをしていたが、実際のところ、本人にもよく分からなかった。本当に仕事のできは目を見張るようになったのだが、性格的なところが変わったわけでもない、切羽詰ったという意識があったわけでもなかったのだ。
 呑気だというわけではなく、真面目な性格なので、ついつい自分のこととなると、分からないことが多かったのだ。
 吾郎の就職した会社は、全国に支店があり、支店を拠点とし、いくつかの営業所を持っている。吾郎が赴任した先は、支店の営業部だった。支店管轄内の営業所の成績を把握し、業績を伸ばすことが彼の仕事だったのだ。
 営業所はさすがに現場ということもあり、いつもバタバタしているが、支店はそこまではない。
「営業の仕事にもいろいろあるんだ」
作品名:死がもたらす平衡 作家名:森本晃次