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楽しい羊一家 その2

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外出前のある光景編


「では、私は明日の夕方には戻る故、あまり心配せぬようにな」
「はい、シオン様」
珍しくシオンが、居間でスーツとネクタイを身につけて、鏡で身なりのチェックをしている。
ソファの上には、上質と一目で分かる素材で作られた春物のコートが無造作に置かれている。
「シオン様、おぐしはどうなさいますか?」
「このままで構わぬ。半端に整えたところで、どうにもならぬわ」
仕上げにコロンをかけている。清涼感のある芳香が、ムウの鼻孔をくすぐる。
師のそんな姿を見るのはムウは初めてで、少々どころでなく驚いていた。
「シオン様もそんなことをなさるのですねぇ」
「一応、身だしなみにな。まったく、斯様ななりは少しばかり肩が凝るわ」
黒スーツに黒ネクタイの喪服姿は威厳のあるシオンにはよく似合っているが、本人にその自覚はないらしい。
さて、いつも教皇の法衣姿のシオンが、何故にこんな事をしているのか。
「昔の知人の葬儀故、出掛けぬわけにもいかなかろう」
「そうですねぇ」
シオンが『まだ』教皇をしていた頃、教皇のロザリオを手掛けた腕のいい彫金師がいた。
ロザリオ以外にも色々金細工を依頼しており、シオンがサガに屠られるまでは親しく付き合いがあった。
お互い技術者、職人だったというのも、気が合う一因だったのかも知れない。
シオンが13年ぶりに戻った際、久しぶりに再会したのだが。
「初めて私の素顔を見た故、かなり驚いておったな」
「それは驚きますよ!私ですら驚きましたから」
「違いない!」
声を上げてシオンは笑った。
と、時計に目をやり、慌ててコートと鞄をつかむ。
「いかぬ、そろそろ出掛けなくては」
テレポートが使えるのだから、そんなに忙しなくてもいいのに。
ムウは思う。
だがシオンは、葬儀会場まではタクシーで向かうとのこと。
「テレポートはお使いにならないのですか?」
「私のような者が、会場に突如現れよ。皆腰を抜かすわ。死人が蘇るよりも、驚くやも知れぬぞ」
シオンがこう言うには、それなりに理由がある。
以前、ロドリゴ村の隣町に依頼を受け出向いた時の話だ。シオンは会場に、テレポートで現れた。
だが、口伝だけで聞く伝説の存在・聖域の教皇が突然姿を見せたことで、会場内の人間は皆飛び上がり、パニックになりかけたという。
それ以来シオンは、聖域関係者以外の目があると予測される場所には、テレポートで出向かないことにしている。
「お前も気をつけよ。容易に瞬間移動を用いると騒ぎになるぞ」
「はい、シオン様」
ムウは師の忠告に素直に頷く。ムウもテレポートの使用に無頓着なところがあるからだ。
「それでは、行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
鞄とコートをつかみ、シオンは白羊宮を後にする。
普通の喪服姿のシオン様をご覧になったら、皆さん驚くでしょうねぇ……と、ムウは独り言を言った後、室内の掃除をするために納戸に掃除道具を取りに行った。
シオンがいると、掃除が捗らないのである。
作品名:楽しい羊一家 その2 作家名:あまみ