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日常ワンカット

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処女宮編


彼は物好きだなとつくづく思う瞬間がある。

「それがだな、シャカよ。聞いて欲しいのだが」
沙羅双樹の木の間にハンモックを設置し、昼寝という名の瞑想に勤しんでいると、獅子宮の愛すべき隣人がやってきた。
それを小宇宙で察したシャカは心の目だけを開けると、人の自慢の庭園に『あの』雑兵ルックでやってきたアイオリアへ視線をやる。
「人の寝首をかこうとするとは、君も随分と卑怯になったものだな」
言われた誰もがかちんと来る、高慢極まりない口調で尋ねてやると、アイオリアは立派な眉毛の間に深い皺を刻んだ。
「相変わらず口が減らないな」
「誰がそうさせているのかね?私の神仏との対話の時間を邪魔しないで欲しいものだ」
ここまで言われたのならば、話し相手の多いアフロディーテやシュラ、カミュやムウ辺りならば、
「それは邪魔をしたな」
とさっさと帰るのだが、アイオリアは人に慕われ、認められている割には、話し相手や友人がいない。
幼い頃兄アイオロスが聖域を裏切ったとされていたため、少年期に何でも話のできる仲間を作ることができなかったのだ。
それ故、後輩たちには自分と同じ目に遭って欲しくないと、優しく厳しく温かく接し、人望も厚いのだが、同年代ではどこか孤立していた。
……そんなわけで、どうしても話をしたい場合は、手っ取り早く近所の人間をつかまえる事になる。
「お前が対話していたのは、夢の神だろう」
なかなか手厳しい事を言い放つと、シャカのハンモックの側に寄る。流石ムウに、男とは認めんと言ってのけただけの事はある。
こうなったアイオリアに、何をどう言っても無駄だ。
それを経験から悟り切っているシャカは、ハンモックに横になったまま、
「独り言でも呟いていたまえ。私の耳に入るかも知れないし、入らぬかも知れない」
再びハンモックに体重を預けるシャカ。
アイオリアは不服そうに未見に皺を寄せたが、シャカ曰くの『独り言』を勝手に始めた。
「昨日ムウに料理を習った。魔鈴が料理上手な男が好きだというのでな……」
シャカの耳には、アイオリアが懸命に語る言葉が入ってくる。
だがそれは小鳥のさえずりや小川のせせらぎのような意味を持たない音と化してしまい、シャカの意識や記憶に残る事はなかった。
シャカとしては、もっと他に聞くべき言葉があるのである。
神仏の声を聞き、世の心理を見分ける。
それこそが、シャカがこの世で成すべき事の一つなのだ。
無骨な隣人の恋愛話に耳を傾けている場合ではないのである。
「……という事なのだ、シャカ」
自分に話を振られたが、シャカは慌てない。
この男の欲しがっている言葉など、たった一つだから。
「このまま励みたまえ。私が見た君の行いは正義だ」
そのシャカの言葉を受けたアイオリアは、まるで電灯でも灯ったかのような明るい表情を浮かべると、
「そうか、そうか。お前にもそう見えるか」
と、嬉しそうに何度も繰り返した。元々正義感の強い好漢なので、正義と言われるとひどく喜ぶのである。
「ああ。このまま精進したまえ」
学校の教師のようにそう告げたシャカはハンモックの上で寝返りを打つと、アイオリアに背中を向けた。
今日はもうとっとと帰ってくれという無言のサインである。
アイオリアはシャカのメッセージを正しく受け取ると、足取りも軽く処女宮を後にした。
恐らく彼は、シャカに話を聞いて欲しくてまた処女宮を訪れる事になるだろう。
そしてシャカも、半ばやけっぱちな返答をする事になるであろう。

この噛み合っているようで全く噛み合っていない会話は、魔鈴がアイオリアとの交際を承諾する日まで続くであろう。
……そんな日が来るならの話だが。
作品名:日常ワンカット 作家名:あまみ